大判例

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岡山地方裁判所 昭和58年(ワ)730号 判決

原告

亡 高橋三治訴訟承継人

高橋ミテ

井上喜代子

伊藤ハツエ

岩知道弘夫

亡 小野貞一訴訟承継人

小野悦夫

景山寿美子

笠原松子

兼信哲也

兼信美由紀

金平石子

亡木村多加志訴訟承継人

木村孝子

粂マサ子

亡 見持文志訴訟承継人

見持操

合木茂二

近藤昇

亡 近藤みさ子訴訟承継人

近藤昇

齋藤光正

篠原サキエ

亡 嶋田智恵子訴訟承継人

黒崎美智子

菅生豊子

瀧本利夫

田中ハツエ

椿山博之

亡 寺見豊子

土居輝子

德德員

長尾勇男

中川真一

中西つる

成田智枝

亡 難波粂夫訴訟承継人

難波嘉代子

西原千恵子

西村與惣

橋本岩乃

長谷川綾子

長谷川熊吉

蜂谷紀子

掘野アキ子

松下菊子

三浦房子

三木久男

三宅榧夫

亡 三宅多久美訴訟承継人

三宅カノエ

三宅樂三

宮崎靖子

物部美佐子

森永晢夫

山本真知子法定代理人親権者父

山本敦

同母

山本洋子

横内はたの

太田小夜子

田中美栄子

藤原一郎

河野秀雄

訴訟代理人弁護士

山崎博幸

石田正也

井上健三

嘉松喜佐夫

河田英正

岸本静男

関康雄

高橋裕

達野克己

谷和子

内藤信義

信長富士生

平井昭夫

光成卓明

水谷賢

三宅克仁

峯田勝次

白川博清

訴訟復代理人弁護士

佐藤知健

清水善郎

近藤幸夫

吉岡康祐

山本勝敏

大熊裕司

高橋勲

林良二

山田安太郎

津留崎直美

篠原義仁

松本篤司

中丸素明

鶴岡誠

山川元庸

早川光俊

野口善国

筧宗憲

鈴木守

福田光宏

大櫛和雄

増田正幸

本上博文

前哲夫

谷知恵子

井関和彦

西村隆雄

被告

川崎製鉄株式会社

代表者代表取締役

濤崎忍

被告

中国電力株式会社

代表者代表取締役

多田公熙

被告

三菱化成株式会社

(旧商号三菱化成工業株式会社)

代表者代表取締役

古川昌彦

被告

岡山化成株式会社

代表者代表取締役

高野宏晃

被告

旭化成工業株式会社

代表者代表取締役

弓倉礼一

被告

水島共同火力株式会社

代表者代表取締役

岡村静雄

被告

三菱石油株式会社

代表者代表取締役

山田菊男

被告

株式会社ジャパンエナジー

(旧商号日本鉱業株式会社)

(同株式会社日鉱共石)

代表者代表取締役

長島一成

訴訟代理人弁護士

畠山保雄

海老原元彦

河原太郎

片山邦宏

花岡巌

藤堂裕

若林信夫

田嶋孝

明石守正

廣田壽徳

竹内洋

手塚一男

馬瀬隆之

河原昭文

寺上泰照

平松敏男

奥宮京子

武田仁

松本伸也

訴訟復代理人弁護士

若林茂雄

新保克芳

主文

一  被告らは、連帯して、別紙認容債権一覧表の氏名欄記載の原告らに対し、同表認容額欄記載の金員及び右各金員に対する同表遅延損害金起算日欄記載の日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  右原告らのその余の請求を棄却する。

三  別紙棄却原告目録記載の原告らの請求をいずれも棄却する。

四  原告らの請求の趣旨一の申立て(差止請求にかかる部分)を却下する。

五  訴訟費用は、

1  第一項記載の原告らと被告らとの間では八分し、その二を被告ら、その余を同原告らの負担とする。

2  第三項記載の原告らと被告らとの間では、同原告らの負担とする。

六  この判決は、第一項について仮に執行することができる。

認容債権一覧表

原告番号 氏名 認容額

遅延損害金起算日

1  高橋ミテ 九八二万二四七二円

昭和六二年五月九日

3  井上喜代子 四七五万四一六〇円

平成五年六月二三日

5  伊藤ハツエ 五三七万二七九二円

平成五年六月二三日

7  小野悦夫 八五一万七〇七二円

平成二年三月一七日

10  景山寿美子 三七六万八八五六円

平成五年六月二三日

11  笠原松子 三一四万四八八〇円

平成五年六月二三日

14  兼信美由紀 五四万八六四〇円

平成五年六月二三日

15  金平石子 四一一万四一一二円

平成五年六月二三日

17  木村孝子 一一三七万六四八〇円

昭和六〇年二月一一日

18  粂マサ子 三一四万〇一九二円

平成五年六月二三日

19  見持操 四一八万四四四八円

昭和六〇年八月二六日

20  合木茂二 一四〇万九三二〇円

平成五年六月二三日

22  近藤昇 二四二九万九〇四〇円

昭和六二年九月一八日

(亡近藤みさ子分)

24  篠原サキエ 一一八三万五九九二円

平成五年六月二三日

26  菅生豊子 三六九万七〇八〇円

平成五年六月二三日

27  瀧本利夫 一〇二四万三〇四〇円

平成五年六月二三日

28  田中ハツエ 六七万五八九六円

平成五年六月二三日

29  椿山博之 八八万四三五二円

平成五年六月二三日

30  亡寺見豊子 八二七万八五四四円

平成三年一月五日

31  土居輝子 三九八万一三一二円

平成五年六月二三日

33  長尾勇男 二二〇万九八八八円

平成五年六月二三日

35  中西つる 四六八万〇一六〇円

平成五年六月二三日

37  難波嘉代子 七六九万九九六八円

平成元年一一月一四日

38  西原千恵子 七二五万九〇四八円

平成五年六月二三日

40  橋本岩乃 二二一万一〇四〇円

平成五年六月二三日

41  長谷川綾子 一六四万九二六四円

平成五年六月二三日

42  蜂谷紀子 五九七万一一六〇円

平成五年六月二三日

44  堀野アキ子 四〇八万三七二八円

平成五年六月二三日

45  松下菊子 二四五万五二〇八円

平成五年六月二三日

46  三浦房子 二七二万六八八〇円

平成五年六月二三日

47  三木久男 一五四万三七六八円

平成五年六月二三日

48  三宅榧夫 六三万〇〇三二円

平成五年六月二三日

49  三宅カノエ 三八九万〇七六〇円

平成三年四月一七日

50  三宅樂三 一七万八五六〇円

平成五年六月二三日

51  宮崎靖子 四〇五万〇八九六円

平成五年六月二三日

52  物部美佐子 一三二万〇〇二四円

平成五年六月二三日

53  森永晢夫 三四九万九七六〇円

平成五年六月二三日

54  山本真知子 一一一万九九六八円

平成五年六月二三日

55  横内はたの 三九二万一〇二四円

平成五年六月二三日

58  太田小夜子 一四〇万九〇四〇円

平成五年六月二三日

59  田中美栄子 三三六万五〇四〇円

平成五年六月二三日

請求棄却原告目録(番号は原告番号)

6 岩知道弘夫  13 兼信哲也

21 近藤昇    23 齋藤光正

25 黒崎美智子  32 德德員

34 中川真一   36 成田智枝

39 西村與惣   42 長谷川熊吉

60 藤原一郎   61 河野秀雄

事実

第一章  当事者の求めた裁判

第一  請求の趣旨

一  被告らは、各自、左記各事業所から、原告らの住所地(本判決当事者欄記載)において、二酸化窒素については一時間値の一日平均値0.02ppm、浮遊粒子状物質(粒径一〇μ以下のもの)については一時間値の一日平均値0.10mg/m3、一時間値0.20mg/m3、二酸化硫黄については一時間値の一日平均値0.04ppm、一時間値0.1ppmを超える汚染となる排出をしてはならない。

1 川崎製鉄株式会社水島製鉄所(岡山県倉敷市水島川崎通一丁目ほか)

2 中国電力株式会社①玉島発電所(岡山県倉敷市玉島乙島字新湊)、②水島発電所(岡山県倉敷市潮通一丁目)

3 三菱化成株式会社水島工場(岡山県倉敷布潮通三丁目ほか)

4 岡山化成株式会社水島工場(岡山県倉敷市塩生字新浜)

5 旭化成工業株式会社水島製造所(岡山県倉敷市潮通三丁目、同市児島塩生)

6 水島共同火力株式会社(倉敷市水島川崎通一丁目)

7 三菱石油株式会社水島製油所(岡山県倉敷市水島海岸通四丁目)

8 株式会社ジャパンエナジー水島製油所(岡山県倉敷市潮通二丁目)

二  被告らは、各自

1高橋ミテに対し、四六〇〇万円

3井上喜代子に対し、二三〇〇万円

5伊藤ハツエに対し、二八七五万円

6岩知道弘夫に対し、二三〇〇万円

7小野悦夫に対し、四六〇〇万円

10景山寿美子に対し、二三〇〇万円

11笠原松子に対し、二八七五万円

13兼信哲也に対し、二八七五万円

14兼信美由紀に対し、二八七五万円

15金平石子に対し、二八七五万円

17木村孝子に対し、四六〇〇万円

18粂マサ子に対し、二八七五万円

19見持操に対し、四六〇〇万円

20合木茂二に対し、二八七五万円

21近藤昇に対し、二八七五万円

22近藤昇(亡近藤みさ子分)に対し、四六〇〇万円

23齋藤光正に対し、二三〇〇万円

24篠原サキエに対し、三四五〇万円

25黒崎美智子に対し、四六〇〇万円

26菅生豊子に対し、三四五〇万円

27瀧本利夫に対し、三四五〇万円

28田中ハツエに対し、二三〇〇万円

29椿山博之に対し、二八七五万円

30寺見豊子に対し、四六〇〇万円

31土居輝子に対し、二八七五万円

32德德員に対し、二八七五万円

33長尾勇男に対し、二八七五万円

34中川真一に対し、二八七五万円

35中西つるに対し、二八七五万円

36成田智枝に対し、二八七五万円

37難波嘉代子に対し、四六〇〇万円

38西原千惠子に対し、二八七五万円

39西村與惣に対し、二三〇〇万円

40橋本岩乃に対し、二八七五万円

41長谷川綾子に対し、二八七五万円

42長谷川熊吉に対し、二三〇〇万円

43蜂谷紀子に対し、二八七五万円

44掘野アキ子に対し、二三〇〇万円

45松下菊子に対し、二三〇〇万円

46三浦房子に対し、二三〇〇万円

47三木久男に対し、二八七五万円

48三宅榧夫に対し、二八七五万円

49三宅カノエに対し、四六〇〇万円

50三宅樂三に対し、二八七五万円

51宮崎靖子に対し、二三〇〇万円

52物部美佐子に対し、二八七五万円

53森永晢夫に対し、三四五〇万円

54山本真知子に対し、二八七五万円

55横内はたのに対し、二三〇〇万円

58太田小夜子に対し、二三〇〇万円

59田中美栄子に対し、二八七五万円

60藤原一郎に対し、二八七五万円

61河野秀雄に対し、四六〇〇万円

及び右各金員に対する昭和五八年一一月一九日から支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  右一、二について仮執行宣言

第二  請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求一を却下する。

二  原告らの請求二をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  担保を供して仮執行を免れることができる旨の宣言

第二章  原告らの主張〈省略〉

第四部 理由

第一当事者

訴訟承継前原告を含む原告ら及び亡河野嘉子が、公健法指定地域または指定地域に隣接した地域にかってまたは現に居住し、通勤し、指定疾病にかかったと認定された者であること、訴訟承継前原告ら及び亡寺見豊子、同河野嘉子は、後記の日に死亡し、訴訟承継人記載の原告ら(亡河野嘉子については原告河野秀雄)が相続によりその権利義務を承継したこと、被告らは後記のとおりの業務を行い、事業所所在地欄記載のとおりの事業所を有し、操業していること、被告らの事業所の位置は添付(1)のとおりであること(原告らの主張第一の一、二)は当事者間に争いがない。

なお、亡寺見豊子については、訴訟代理人らは、訴訟承継人を特定しない旨本件訴訟手続上明示した。

第二大気汚染(侵害行為)

一水島地域の沿革、概要等

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

1 被告らを含む水島臨海工業地帯の工場群が所在する地域及び原告らの所在地は、前示(添付(1)のとおりである。水島臨海工業地帯は、水島港を囲む、東西、南北の幅各約役6.5Kmの範囲に存在し、工場用敷地面積は約二五〇〇万m2である。被告らの敷地面積は、約一六四〇万m2(約六六%)、うち被告川鉄は、約一〇〇〇万m2を占める。

2 右地域は、被告らが進出するまでは、従前、漁業と干拓農業を主とする寒村であった(第二次世界大戦時、軍用の航空機製作所が建設されたが、昭和二〇年に第二次世界大戦における空襲によって消滅した。)。右地域に、住民の健康を害する原因となるような大気汚染はなかった。

3 岡山県は、昭和二八年、水島工業地帯の整備を開始し、高梁川デルタの埋め立てに着手して企業誘致運動を始めた。昭和三三年、水島地域に重化学工業基地建設を進める県勢振興計画を策定し、同年四月、同地域を大型臨海工業地帯とすることを目標に、道路、港湾等の産業関連施設を整備して石油化学、鉄鋼並びにこれらの関連企業を積極的に誘致することを具体的に示す岡山県県勢振興計画を発表した。昭和三七年新産業都市建設促進法が制定され、これに基づき昭和三九年一月、岡山県南地域は新産業都市に指定された。以後、岡山県及び倉敷市は、水島地区の産業基盤の整備を行い、企業を誘致し、水島臨海工業地帯は、計画的に建設された工業団地として生成、拡大、発展した。

4 被告らは、右企業誘致に応じて水島地域に進出して操業を開始し(昭和三六年五月(被告三石)〜昭和四五年九月(被告岡化))、操業を継続している。

5 昭和三七年(被告三石、同日鉱、及び同中電が操業を開始していた。)、水島市街地がしばしば異様な臭気におおわれるようになり、岡山県は、昭和三八年一一月、倉敷市内五か所で亜硫酸ガスとばい煙の常時測定を開始した。昭和三九年、福田町松江の藺草四〇ヘクタールが先枯れし(以後藺草は壊滅的打撃を被った。)、被害は、みかんやぶどうにも及んだ。

6 昭和三九年二月には、日本興油水島工場の従業員三三九名のうち、慢性結膜炎等眼病にかかったものが一二二名いることが検査で判明した。

7 昭和三九年七月、被告菱化(当時化成水島)の試験操業開始に伴い、廃ガス燃焼塔(フレアスタッグ)から二十数mの炎が燃え上がり、騒音と悪臭にたまりかねた隣接する呼松町民七〇〇名が、むしろ旗をたてて工場に座り込み、操業中止を要求した(いわゆる呼松エピソード)。

8 昭和四〇年代に入ると、喉の痛み、頭痛、呼吸障害等を訴えた病院受診者が増え始め、昭和四一年、四二年には、厚生省の調査報告が、水島地域の大気汚染の実態を明らかにし、強力な公害防止措置の必要性を強調した。

9 また次のような被害が発生した。昭和四〇年七月二二日午前一時ころ、化成水島においてタンクのバルブが破損したため猛毒のアクリルニトルが流出した。福田町松江地区の住民に非難命令がでた。倉敷市福田町の第一小学校は、昭和四〇年八月一六日から、ばい煙による汚れがひどいため、プールの使用を禁止した。水島コンビナートの東に位置する福田町松江(板敷地区)の住民は、倉敷市の斡旋で、昭和四〇年八月に一六戸全部が移転することに決まり、その後すべて移転した。水島コンビナートから八Km離れた藤戸町では、昭和四五年暮れころから呼吸器系の症状を訴える患者が急増した。亜硫酸ガスの警戒濃度0.2ppmを超えたときは、四四年中は一回であったが、集合煙突(高さ一〇〇〜二一〇m)に歩調を合わせた形で四五年は二五日となり、四六年は一七回記録した。医師会は、喉の痛みや咳、痰が出るなど、上気道炎は、公害喘息の一歩手前で、風向、地形などからみて、藤戸町一体では公害による発病が当然考えられると新聞は報道した。昭和四七年四月一九日、公害監視センターで亜硫酸ガス濃度0.231ppmを記録し、0.2ppm以上の高濃度が三時間続いた。同センターは大気汚染予報を出し、福田町内の小・中学校に伝達した。第三福田小学校、第一福田小学校で、校庭の児童を校舎内に入れたり、教室の窓を閉めたりした。昭和四七年七月ころ、水島コンビナートのC地区(被告旭化、同岡化等が立地)で暗緑色のばいじんが降り、洗濯物や植物の葉に穴があいた。地元の人の話では、五月ころから一か月に二〜三回不定期に降る、C地区の方から風が吹いてくるときに降って洗濯物に穴があくとのことであった。倉敷市医師会は、コンビナート周辺の小、中学校一万五四三人に健康調査表を配り、体に異常を訴えた者(九三人)を対象にエックス線撮影をしたところ、95.8%(八九人)に何らかの肺の異常がみられ、市医師会の公衆衛生担当理事の植岡範雄医師は、「早く手を打たなければ、取り返しがつかなくなる。」と警告した。

10 昭和四七年八月、倉敷市は医療の自己負担分を支給するという倉敷市特定気道疾病患者医療費給付条例を制定施行し、昭和五〇年には水島地域が公健法の第一種地域に指定された。

二被告らの事業及び操業について。

被告らの事業、主な生産品、操業開始時(原告らの主張第二の二1〜8)については、当事者間に争いがない。

三大気汚染物質の排出及び到達について。

1 大気汚染物質の排出の過程及びその種類について。

被告らの大気汚染物質の排出の過程及びその種類が、原告ら主張第二の三1記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2 被告らの排出量及び倉敷市における全排出量に対する割合について。

(一) 硫黄酸化物について

〈書証番号略〉、本郷博史の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 倉敷市の硫黄酸化物の排出量

倉敷市全体の硫黄酸化物の排出量は、昭和四二年〜四七年は、添付(5)(「複合大気汚染総合対策検討調査(硫黄酸化物対策効果分析調査)」)のとおりであること、四八年〜平成元年は、添付(6)(右各年度の「岡山県下におけるばい煙(鉱煙)発生施設数及び燃料使用実績」(以下、「使用実績」という。)に記載された、右各年度の岡山県及び倉敷市の硫黄排出実績を抽出し、SO2年間排出量に換算)のとおりであること、したがって、倉敷市全体の昭和四二年〜平成元年の硫黄酸化物の排出量は、添付(2)のとおりであることが認められる。

(2) 倉敷市における全排出量に対する被告らの排出量の割合

ア 被告中電、同日鉱、同菱化(当時化成水島)及び同三石の昭和三九年、四〇年の排出量は、添付(3)のとおりである(右被告ら及び東京製鉄が使用した重油、石炭及び石油ガスの日量使用状況(「水島における大気汚染の現況」記載)の燃料毎の硫黄分を二酸化硫黄に換算し(硫黄の原子量三二と二酸化硫黄の分子量六四との比率に応じて硫黄の重量を二倍し、三六五をかける。)、東京製鉄排出相当分(四%程度である。)を除外して算出)こと、被告菱化、同中電、同日鉱、同三石(同年八月四日〜一一日に操業を開始)の四〇年、右被告らと被告川鉄の四一年の排出量は、添付(4)のとおりである。(「岡山県水島地区事前調査報告書」及び「倉敷市における公害対策の概要第二報」に記載された、主要工場の硫黄排出量を基に、燃料毎の硫黄分を二酸化硫黄に換算し、年間重量、構成比を算出)こと、

イ 被告らの四二年〜四四年の排出量については、前記のとおり、三九年〜四一年には、被告らのうち四社又は五社のみで年間三万tを超えていたこと、後記のとおり、倉敷市における被告らの排出割合は、五二年はほぼ九〇%、四五年〜五五年は八五%以上であったこと、後記総量規制などが実現していない右時点で、四二年〜四四年当時が右に比べて排出量が低いことはありえないことからみて、被告らによる排出量を、右各年度の倉敷市排出量(添付(5)の少なくとも約八五%相当で、添付(2)の当該年度欄記載のとおりとみるべきであること、

ウ 四五年の排出量については、昭和四五年〜四七年、五〇年の水島地域の倉敷市に対する硫黄酸化物の排出割合が、添付(7)のとおり(「岡山県水島工業地域大気汚染調査報告書(要約)」)、総じて倉敷市に対する約九六%に当たることから、同年の被告らの倉敷市に対する割合は約八七%(0.96×0.907(被告ら排出量の水島地域内での割合、後記昭和四六年について説示)とみる。)となるから、その排出量は添付(2)の四五年度欄記載のとおりになること、

エ 昭和四六年の排出量は、添付(2)の四六年度欄に記載のとおりであり、倉敷市全体の排出量に対する排出割合は約八七%であること、すなわち、添付(8)(「環境保全概要」)備考欄記載の、水島地域で操業中の企業と、昭和五〇年度における公害防止協定締結企業一覧表(添付(9))記載の右主要企業とを対比すると、電力業は、添付(8)記載の二社は被告中電、同共火、石油精製業二社は被告三石、同日鉱であることが明らかであるから、右二業種の合計二七九〇Nm3/Hは、すべて右被告らの排出量であること、鉄鋼業は、添付(8)記載の二社中、被告川鉄が約九〇%相当の一三八六Nm3/Hであること(昭和四九年に導入された、後記総量規制の硫黄酸化物許容排出割当量(添付(10))の被告川鉄592.5Nm3/H、東京製鉄57.6Nm3/Hから推認、総量規制の企業別割合は原燃料使用量と弱比例する。Q=a・Wb(Qは排出が許容される硫黄酸化物(単位Nm3/H)、aは3.70水島)、4.15(倉敷)、bは0.8、Wは特定工場に設置されているすべての硫黄酸化物のばい煙発生施設を定格能力で運転する場合に使用する原料及び燃料の量(重油量に換算したキロリットル毎時))、化学工業は、81.4%相当の1449.7Nm3/Hであること、添付(8)記載の一六社中、被告旭化、同岡化、同菱化が主要であり、「倉敷市における公害対策の概要第八報」記載の昭和四八年度当時の許容排出量割当表(添付(11)によれば、大半は、右被告らを中心とする二グループ(三菱化成グループ、旭化成グループ(含岡化)であり、右二グループ(合計412.2Nm3/H)、三菱ガス化学グループ(51.4Nm3/H)及びその他(二四社合計84.8Nm3/H中化学工業に属するものは多くとも一二社(42.4Nm3/Hとみる。)合計506.4Nm3/Hに対し、三菱化成グループ及び旭化成グループ(含岡化)の412.2Nm3/Hは、81.4%であること、したがって、添付(8)の化学工業排出量一七八一Nm3/Hの81.4%相当1449.7Nm3/Hを、右被告旭化、同岡化、同菱化の排出量とみるものである(倉敷市における全排出量に対する割合は、昭和四五年と同様の算出方法による。)こと、したがって、昭和四六年における電力業及び石油精製業の排出量の全部である二七九〇Nm3/H、鉄鋼業の排出量の九%である一三八六Nm3/H、化学工業の排出量の81.4%である1449.7Nm3/H、合計5625.7Nm3/Hを被告らによる排出量とみて、右排出量の、添付(8)記載の四産業合計六一一一Nm3/Hに対する九二%、水島地域全産業合計六一九八Nm3/Hに対する90.7%(昭和四五年について延べたのと同様)とみること、

オ 四七年の排出量は、添付(2)の四七年度欄に記載のとおりであり、倉敷市の全排出量に対する排出割合は、少なくとも八七%である(四五年、四六年について延べたのと同様)こと、

カ 「倉敷市における公害対策の概要第九報」に記載された、昭和四八年の水島地域における企業業種別燃料使用状況及び割合は添付(12)のとおりであること、これと、前示添付(8)(昭和四六年)とは、鉄鋼業の占める割合が24.8%から27.8%に上昇した(この間に川崎製鉄第四溶鉱炉が操業を開始している。)ことを除いてほぼ同様であることからみて、被告らの倉敷市の排出量に対する割合についても、昭和四六年と同様(添付(8)記載の四産業合計六一一一Nm3/Hに対する九二%、水島地域全産業合計六一九八Nm3/Hに対する90.7%)とみる(排出割合の算出は、昭和四五年と同様の方法による。))こと、したがって昭和四八年の排出量は、添付(2)の四八年度欄に記載のとおりであり、倉敷市の全排出量に対する排出割合は、少なくとも八七%となること、

キ 昭和四九年、五〇年の排出量は、添付(2)の同年の欄記載のとおりであり、倉敷市に対する排出割合は、少なくとも八七%である(昭和四五年と同様の算出方法による。)こと、

ク 「昭和五一〜五五年度使用実績」によれば、五一〜五五年度における、岡山県の産業別燃料使用実績は、添付(14)のとおりである(添付(13)の記号欄Ⅰには、被告中電及び同共火、Qには被告菱化、同旭化及び同岡化、Rには被告三石及び同日鉱、Uには被告川鉄が該当する。)こと、右四業種の倉敷市における割合は約九七%(添付(14))、水島地域の倉敷市に対する割合は約九六%(添付(7))、前示昭和四六年において明らかになった被告らの四業種に対する割合約九二%を勘案して算出すると、五一年の排出量は、添付(2)の五一年度欄に記載のとおりであり、倉敷市に対する排出割合は、少なくとも八五%となること、

ケ 被告らの委託により作成された「水島八社大気拡散計算報告書」に記載された昭和五二年度の排出量が1067.5Nm3/H(二万六七一八t/年)、「昭和五二年度使用実績」によれば、昭和五二年における倉敷市の硫黄酸化物排出量は、二万九六七一t/年(添付(6))であるから、同年度における被告らの排出量二万六七一八t/年は、その九〇%に当たるから、昭和五二年の排出量は、添付(2)の昭和五二年欄記載のとおりであり、排出割合は、九〇%となること、

コ 「昭和五三〜五五年度使用実績」に記載された、右各年度の岡山県及び倉敷市の硫黄排出実績(添付(14)及び添付(6)を用い、前示昭和五一年の場合と同様の計算)をすると、五三年〜五五年の排出量は、添付(2)の右各年度記載のとおりであり、倉敷市全体の排出量に対する割合は、少なくとも八五%を超えること、昭和五六年〜平成元年の排出量は、添付(2)の各年度欄記載のとおりであり、右排出割合は、少なくとも八五%を超える(添付(6)記載の倉敷市の排出量と昭和五五年度までの割合とほぼ同様であると推認)こと、

以上を全体としてみると、被告らの倉敷市における硫黄酸化物の排出量の倉敷市における全企業の排出量に対する割合は、昭和三九年から平成元年までの間、ほぼ八五%とみることができる。

(二) 窒素酸化物について。

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 倉敷市における窒素酸化物の排出量(固定発生源)

倉敷市全体における窒素酸化物の排出量(固定発生源)は、昭和四七、四八年は、添付(16)(「岡山県水島地域窒素酸化物シミュレーション調査結果報告書」に記載された、昭和四七、四八年の固定発生源からの窒素酸化物の排出量をt/年に換算)及び「倉敷市における公害対策の概要第九報」に記載された、四八年の水島地域企業業種別燃料中NOx排出状況を抽出し、それを重量に換算した結果及び業種別割合(添付(17)を基に算出)のとおりであること、昭和四九、五〇年は、昭和四七、四八年及び五二年〜平成元年とほぼ同様とみることができること、五二年〜平成元年は、添付(18)(右各年度の「使用実績」)記載のとおりであること、

(2) 倉敷市における排出量に対する被告らの排出量と割合(固定発生源)

被告らの窒素酸化物排出量及びその倉敷市における全排出量に対する割合(固定発生源)をみると、昭和五一年以前は、被告らの排出量は約五万t/年であり、右排出量割合は、少なくとも約八五%である(添付(16)によれば、昭和四七、四八年の水島地域における窒素酸化物排出量は、いずれも倉敷市におけるそれの九八%超であること、後記の昭和四九年の総量規制における、水島地区窒素酸化物暫定許容排出割合によれば、被告らの排出許容量は総量の85.2%であることなどからみて、昭和四七年以降は、少なくとも、添付(17)の合計欄記載の五万九七二九tの85.2%(約五万t)を下回ることはないとみる。)こと、昭和五二年は、被告らの排出量は、1718.94Nm3/H(3万923.73t/年)であり、倉敷市における全排出量に対する割合は約八五%である(「水島八社大気拡散計算報告書」に記載された昭和五二年度の被告らの排出量1718.94Nm3/H及び同年の倉敷市の窒素酸化物の排出量三万六四八八t/年(添付(18)から算出、1718.94(Nm3/H)×103×8760×46×1/224×10-6)こと、昭和五三年〜五五年の被告らの排出量は添付(19)のとおりであり右排出割合は約八四%である(「使用実績」昭和五二年度〜五五年度版に記載された右各年度の産業別燃料使用実績及びこれを基に算出した倉敷市の岡山県全域、四業種(電気業、化学工業、石油、石炭製造業、鉄鋼業)に対する各割合は98.5%であること、前示昭和五二年の被告らの排出量は3万923.73t/年であり、これの同年の四産業排出量合計三万五八二四t/年(添付(19)に対する割合は86.3%であること、右四産業の排出量比は長期間安定している(添付(19))ことを基に算出(0.86×0.98=0.84))こと、昭和五六年は、排出割合は、少なくとも85.1%であること(「倉敷地域窒素酸化物排出総量削減計画」によれば、昭和五六年五月、同六〇年度の窒素酸化物の排出許容総量(総量規制)は、3208.18Nm3/H、水島臨海工業地帯に立地する特定工場(原、燃料使用能力一kl/H以上)等に対する割合分は、2899.67Nm3/H(90.3%)であること、「倉敷市における公害対策の概要第一七報」によれば、その企業別内訳は、添付(20)のとおりであり、これによれば、リザーブ分を含む特定工場排出割合量2899.67Nm3/H中、被告らの割当量は2470.04Nm3/Hで、85.1%に当たること(右許容排出量の算式は、a(3.384)×W(燃原料使用能力)のb(0.80)乗である。NOx排出許容量Qは、原燃料使用量の0.8乗に比例するから、許容排出量占有比が前示のとおり八五%を超えていれば、計算の基礎となった、規制前の被告らのNOx排出量占有比は、右許容排出割当占有比(85.1〜55.2%)を下回ることはない。)こと、昭和五七年以降については、全示総量規制割当量の数式の基礎となった被告らの燃、原料使用量(W)の占有比は九〇%を超えていたとみるべきことから、規制前の占有比が前記85.1〜85.2%を下回ることはないこと、昭和五七年以降についても同様であると推認できること、

(3) 移動発生源からの窒素酸化物排出量

移動発生源からの窒素酸化物排出量をみると、昭和五二、五五年度の自動車からの窒素酸化物の排出量並びに倉敷市における全排出量に対する割合は、添付(21)のとおりである(「各年度の使用実績」によれば、同年度の自動車からの窒素酸化物の排出量及び岡山県及び倉敷市における全排出量に対する割合は、添付(21)のとおりである。)こと、昭和五二年の倉敷市の固定発生源排出量は三万六四八八t、自動車からの排出量一六六八t、倉敷市総量は三万八一五五tであるから、同年の被告らの排出量3万923.73tは、右の八一%超に当たるとみることができること、他の年度においても、ほぼ同様とみることができること、

(4) 以上のとおり、窒素酸化物の倉敷市の排出量(固定発生源)及び被告らの排出量は、昭和四七年〜平成元年について、添付(15)のとおりであり、被告らの排出量は、倉敷市における全排出量の八五%(移動発生源を加えれば、八〇%)を超えると認めることができる。

(三) 粒子状物質について。

被告らの粒子状物質の排出量について、原告らは具体的な主張立証をしない。

(四) 右排出量及び割合は、原告らの主張にそって認めたものである。

被告らは、大気汚染防止法に基づくばい煙発生施設の設置等の届出ばい煙量又はばい煙濃度の測定、記録、昭和四八年度までに開始された煙源監視テレメータシステムなどに関連して右排出量等についての資料を把握しているはずであるが、本件においては、提出しない。

3 汚染度の測定結果について。

(一) 環境基準

(1) 硫黄酸化物

〈書証番号略〉、橋本道夫、本郷博史の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 厚生大臣は、昭和四〇年九月、公害審議会(当時)に対し、環境基準設定の施策について諮問した。右諮問に基づいて同審議会が設置した環境基準専門委員会は、調査、検討の結果、昭和四三年一月、右審議会に対し、「亜硫酸ガスの環境基準」と題する報告書を提出した。右審査会公害部会は、審議の後、昭和四三年七月、「硫黄酸化物による大気汚染防止のための環境基準の設定について」を厚生大臣に答申した。右答申の内容である人の健康に関する硫黄酸化物に係る環境基準(SOx旧基準)は、昭和四四年二月、閣議決定され、大気汚染防止の目標として定められた。SOx旧基準は、①一時間値0.2ppm以下が年間の総時間数に対して九九%以上、②一時間値の一日平均値0.0.5ppm以下が年間総日数に対して九〇%以上、③一時間値0.1ppm以下が年間の総時間数に対して八八%以上、④一時間値の年平均値が0.05ppm以下、⑤緊急時の状態に相当する状況が年間総日数に対して三%以内で、かつ三日以上続かないというものであった。

イ 環境庁長官は、昭和四六年九月、中公審に対し、「大気汚染に係る環境基準の設定について」諮問した。中公審大気部会は、環境基準の設定のための検討を行う専門委員会を設置して検討し、昭和四八年三月、右検討結果を「硫黄酸化物に係る環境基準についての専門委員会報告」として大気部会に報告し、中公審は、同年四月、「硫黄酸化物に係る環境基準の設定について」を答申した。環境庁長官は昭和四八年五月、SOx旧基準を廃止して改めて二酸化硫黄に係る環境基準(SO2新基準)を告示した(昭和四八年五月一六日環境庁告示三五号)。SO2新基準の内容は、①一時間値の一日平均値が0.04ppm以下、かつ、②一時間値が0.1ppm以下とするものであった。

(2) 窒素酸化物

〈書証番号略〉、橋本道夫、本郷博史の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 昭和四五年一〇月、厚生省生活環境審議会に「窒素酸化物に係る環境基準専門委員会」が設置され、昭和四六年九月、環境庁の発足に伴って右委員会を引き継いだ、中公審大気部会、窒素酸化物等に係る環境基準専門委員会は、昭和四八年四月、二酸化窒素に係る環境基準を勧告し、右勧告内容は、同年四月二六日中公審の答申を経て同年五月八日、告示された(NO2旧基準、昭和四八年五月八日環境庁告示二五号)。右は、一時間値の一日平均値が0.02ppm以下であることを定めるものであった。

イ 環境庁長官は、昭和五二年三月、中公審大気部会に対し、「二酸化窒素の人の健康影響に係る判定条件等について」諮問した。右検討のため設置した中公審大気部会の「二酸化窒素に係る判定条件等専門委員会」の報告を受けた中公審は、昭和五三年三月、環境庁長官に対して新基準を答申した(NO2新規準、昭和五三年七月一一日環境庁告示三八号)。内容は、一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下とするものであった。

(3) 粒子状物質

〈書証番号略〉、橋本道夫、本郷博史の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 大気中の粒子状物質は、粒径、測定方法により、降下ばいじん(重力、雨等によって降下するばいじん)、浮遊粉じん(大気中に浮遊しているすべての粒子状物質の総称、略称SP)、浮遊粒子状物質(浮遊粉じんのうち粒径が一〇μ以下のもの、略称SPM)に分類される。

イ 中公審は昭和四六年一二月環境庁長官に対し、浮遊粒子状物質に係る環境基準の設定について答申した。右答申に基づき告示(昭和四七年一月一一日環境庁告示一号)設定された環境基準は、①浮遊粒子状物質について、連続する二四時間における一時間値の平均値が、大気一m3につき0.10mg/m3以下であること、②一時間値が、大気一m3につき0.20mg/m3以下であることというものであった(SPM旧基準)。その後、一酸化炭素、二酸化炭素、光化学オキシダントとともに「大気の汚染に係る環境基準について」(昭和四八年五月八日環境庁告示二五号)として一括して告示され、右昭和四七年の告示は廃止された(SPM新基準)。内容は同一であるが、測定方法を二種類追加した(昭和五六年六月一七日環境庁告示四七号)。

(4) 環境基準の性格について

〈書証番号略〉、橋本道夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、環境基準は、公害の防止に関する施策の基本となる事項を定めた公害対策基本法九条一項に基づき、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として定められたものであること、右は公害防止行政を総合的かつ計画的に推進していく上での政策上の達成目標又は指針としての性格を有するものであることが認められる。

したがって、右基準値は、それ自体として、右基準値に違反する行為の差止めや、違反した行為の結果生じた被害に対する損害賠償の基準になるわけではないというべきである。

しかし、前示証拠によれば、いかなる量の、いかなる態様の大気汚染が、いかなる範囲(年齢、体質など)の人に、いかなる程度(被害の軽重)の被害を与えるかについては、いまだ医学その他関係諸科学によっては、一般的には明らかになってはいけないこと、そのような状態のなかで、右基準値は、各設定する時点における関係諸科学の専門家の英知を結集して検討した結果設定されたものであることが認められるから、基準値を超えることは、直ちに人の健康に被害が生じることを示すものではないとしても、違反状態は、少なくとも、人の健康にとって何らかの影響を与える可能性があり、人の健康にとって望ましいとはいえない趣旨で定められたものであるとみるべきである。そうすると、大気汚染があり、現実に人の健康に被害が生じた場合に、右被害が大気汚染に起因することの有無をみるについて、右大気汚染の程度が基準値との関係でどのようなものであるかは、一つの重要な資料であるとみることができる。

他方、右基準値は、行政的な一種の目標値であると認められるから、設定する数値の内容には、政策的配慮がはたらくことを否定できない。そのことと、前示のとおり、もともと健康に対する影響をはかる一般的な基準、絶対値としての意味は希薄な数値であることを勘案すれば、大気汚染による症状の憎悪等の実害の発生の可能性をはかる基準として、旧基準、新基準いずれが正しいかを一般的に決することはできない。

(二) 測定方法

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 硫黄酸化物

岡山県は、昭和四一年二月から、溶液電気伝導率法(導電率法、0.03%の過酸化水素を含む吸収液にSO2を含む大気を通過させ、大気中のSO2、SO3が吸収液に吸収されて硫黄となったときの溶液の伝導率の変化を検出して大気中のSO2を検出する。一〇〇万lの中に一lの二酸化硫黄量がある濃度を一ppmまたはppbと表示する(一〇〇〇ppb=一ppm。))により、添付(22)のとおりの測定地点及び時期に測定を開始した(昭和三八年一一月からは、過酸化鉛法(PbO2法、大気中の硫黄酸化物(SO2、SO3)が過酸化鉛(PbO2)と反応し、定量的に硫酸鉛PbO4を生成する作用を用いて、硫黄酸化物による一か月間の大気汚染度を定量的に調査する。方法は、二酸化鉛を塗布した布を円筒に巻き付け、百葉箱に入れ大気中に一か月間放置し、生成した硫酸鉛の硫酸イオンを定量分析する。測定結果は、mgSO3/一〇〇cm2/日単位で表示する。)を採用した。))。

(2) 窒素酸化物

岡山県は、水島地区における窒素酸化物について、昭和四六年から、ザルツマン法(NO2を含む空気を呼吸発色剤(ザルツマン試薬)に通すと、NO2の量に比例して橙赤色のアゾ色素を生じる。この溶液の吸光度を測定してNO2の濃度を測定する。単位は、ppm又はppbで表示する。)による自動測定器を設置し、常時測定した(設置状況は添付(22)のとおりである。)。判定式に使用するザルツマン係数(NO2の亜硫酸イオンへの転換指数。それによって除する係数であるから、係数が高いほど濃度は低く算出される。)は、旧基準から新基準への移行の際に、従来の0.72から0.84に改められた。

(3) 粒子状物質

右測定は、ハイボリュームエアサンプラーやローボリュームエアサンプラーを用いて浮遊粉じんを補集し、直接その重量を計測する重量濃度測定法のほか、相対的濃度測定法として、光散乱法(導気孔から入る粉じんに光を照射し、反射する散乱光を計測して相対濃度を求める。デジタル粉じん計という。)、テープエアサンプラーを用いた透過率測定法(透明なテープに吸引空気中の粉じんを付着させて光の透過率の変化を測定する。)などがある。ハイボリュームエアサンプラー及びローボリュームエアサンプラーは、一時間値の測定ができないので、常時測定には、主に光散乱法のデジタル粉じん計を用いる。単位は、mg/m3又はμg/m3(一〇〇〇分の一mg/m3)で表す。水島地区における浮遊粉じんの測定は、デジタル粉じん計とハイボリュームエアサンプラーによるものが行われており、昭和四六年度以降のデータが公表されている。測定結果は、t/km2/月単位で表示する。昭和五六年六月から、環境庁告示により新たに圧電気てんびん法及びβ線吸収法による測定に変更された。なお、測定地点は添付(22)のとおりである。

(三) 測定結果

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 二酸化硫黄

ア 岡山県では、昭和三八年一一月から昭和四一年六月まで前示過酸化鉛法による測定がなされたが、各測定地点及び測定結果の月別推移は、添付(23)のとおりである。

イ 昭和四一年二月からは導電率法による測定がなされたが、同年から平成三年までの、水島地域の二酸化硫黄の年平均値の推移は、添付(24)のとおりであり、昭和四一年から昭和五七年までのSO2の一時間値年間最高値の経年推移は、添付(25)のとおりである。

ウ 昭和四一年〜五七年の、水島地域のSO2の一時間値の一日平均値が0.04ppmを超えた日の推移は、添付(26)のとおりであり、SO2濃度の一日平均値が0.04ppmを超えた日数は、測定位置による差はあるが、昭和四二年〜四八年に多く、最大日数は、おおむね昭和四三〜四四年である。右の間に年間の半数以上が該当する年がある。

エ 一時間値が0.1ppm(SO2新基準)を超える時間値は、添付(27)のとおりであり、昭和四二年〜四四年に最多である。四四年には、七か所の測定地点で四〇〇時間を超えた。四九年から減少傾向である。

右によれば、SO2濃度は、測定地域別によって相当程度の差異はあるが、年平均値、一時間値の年間最高値とも、昭和四四年ころまで急激に増加し、昭和四九年ころから減少傾向に転じていること、原告らの多くが付近に居住している春日測定局の年平均値は、昭和四二年は0.027ppm、四三年から四七年までは0.03ppm強、五〇年から五四年まで0.01ppm、五五年からppbで表示すれば一桁に減少していることが認められる。

(2) 窒素酸化物

一時間値の一日平均値が0.02ppm(NO2旧基準)を超えた日数の経年推移は、昭和四七年〜五二年について、添付(28)のとおりである(ザルツマン係数七二)。昭和四九年において、郷内を除く五地点で一〇〇日を超えた。昭和五二年で、センター及び塩生で一三〇日を超えた。

なお、昭和四七年以降の平均値の推移は、添付(29)、一時間値年間最高値の経年推移は、添付(30)のとおりであり、いずれも昭和五三年ころから漸次低下し、その後は横ばいか上昇の傾向にある。

(3) 粒子状物質

水島地域の浮遊粉じん及び浮遊粒子状物質について、一時間値の一日平均値が0.10mg/cm3を超えた日数は、添付(31)のとおりである。

昭和四七年、四八年には、すべての測定点で数十日あった。

なお、昭和四六年以降の年平均値の推移は、添付(32)、昭和四七年以降の一時間値年間最高値の経年推移は、添付(33)のとおりであり、昭和五一年ころ一定の低下を示すが、その後は横ばいの状態で推移している。

また、降下ばいじんの測定は、昭和四三年から行われており、測定地点が変化しているので比較は困難であるが、水島地域内の測定点における年平均値からすると、各測定点とも昭和四六年以前は昭和四七年以後よりもその濃度は高い。

(四) バックグランド濃度

我が国の大気汚染がほとんどないと考えられる代表的な平野部における大気の状況を把握する目的で、全国八か所(野幌、箆岳、筑波、新津、犬山、京都八幡、倉橋島、筑波小郡)に国設大気測定所が設置されている。右各地点における大気汚染物質の濃度は、二酸化硫黄は0.005ppm、二酸化窒素は0.007PPM、浮遊粒子状物質は0.02mg/m3〜0.03mg/m3くらいである。したがって、右数値は、我が国のバックグランド濃度とみることができる(〈書証番号略〉によって認める。)。

(五) 他地域との比較

被告らは、水島地域と他の都市との二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じんの濃度を比較し、水島地域の方が低い旨主張する。

しかしながら、大気汚染が人間の健康に及ぼす悪影響は、現実に現れた汚染濃度そのものによって発生するのであり、他地域との比較はそれ自体意味がない。また右比較の対象となった都市には、大阪市西淀川区、神奈川県川崎市等それぞれ何らかの形で大気汚染と人の健康被害との関係が問題とされている地域が含まれており、各測定局の設置場所、気象条件が異なる他地域と水島地域を比較する意味は少ない。

4 地理的状況について。

争いのない事実、〈書証番号略〉及び全趣旨によれば、水島地域の地形については、原告ら主張第二の三4記載のとおりであること、被告ら及び原告にの位置関係は、添付(1)のとおりであることが認められる。

5 気象について。

(一) 水島地域の気象

〈書証番号略〉、奥田穣の証言及び弁論の全趣旨によれば、気象と大気汚染一般について、原告らの主張第二の三5(一)(1)のとおりであること、水島地域の気象の特徴について、次のとおりであることが認められる。すなわち、「岡山県水島地区事前調査報告書」(厚生省)、「倉敷市に係る硫黄酸化物総量削減計画報告書」(岡山県)、「日本気象図一九八〇年」(気象庁)、「倉敷市における公害対策の概要」(倉敷市公害対策部)、「倉敷市窒素酸化物排出総量削減計画」(岡山県)等主として公的調査によれば、

(1) 海陸風は、地域全体として、年間を通じて北または北北東の風が多く、南又は南南西がこれに次ぎ、海風、陸風と西寄りの風が多い(暖候期には、昼間に南西の海風、夜間には北東の陸風が多い。秋には海風が少なくなり、冬には南西から北西方向の風が多い。)。海陸風の平均開始時刻は、海風は、春、夏は地域南端部八時三〇分ころ、中央部九時〜九時三〇分ころ、秋は、地域南端部一〇時ころ、中央部で一一時〜一一時三〇分ころ、陸風開始時刻は、春一九時一〇分ころ、夏二〇時〜二〇時三〇分ころ、秋一八時過ぎころである。

(2) 水島地域は、丘陵や山地が連島北方から種松山、正面山を経て下津井方面に南下して囲む。南方下津井へ向かって突出した山形の地形は、海風の方向に影響される。そのために風向きが複雑に変化し、海風が湾曲して吹き込む状態になることがある。

(3) 岡山県の強風日数(日最大風速一〇m/s以上)は、五日以内の月が多少ある程度で、旭川などの盆地と並んで、相対的に少ない。水島地区における風速は、三m/sが大半である。また比較的、南及び西の海風、季節風の風速が強く、北東の陸風の風速は弱くなる。

(4) 水島地域は、年間雲量1.5未満(快晴)の日は四〇日以上、雲量8.5以上(雲天)の日は一二〇日以下である。したがって、年間晴天日数は二四五日以上となる。日照時間は一年を通じて長く、特に五月〜一〇月の日照時間数は一三〇〇時間以上あり、瀬戸内海気候区の中で最も長い。

(5) 測定地域の個別的特色は、港湾局、福田、春日、茶屋は、平坦な地域で、地域の地上風向、風速の一般的な傾向を代表し、連島、天城、広江は、測定点の周辺の地形、建造物などの影響を受けて主として風速がやや穏やかであり、塩生は、東北側に丘陵が迫る影響で、平均風速は比較的強く、玉島は、海風の方向が、南を中心として南東〜南西の方向であるが、全体として、大きな違いはない(測定地点相互の距離的は数キロメートル程度である。)。

(二) 水島地域の気象と大気汚染について。

(1) 〈書証番号略〉、奥田穣の証言によれば、水島地域の気象が大気汚染に及ぼす影響について原告らの主張第二の三5(二)(1)のとおりであることが認められる(ただし、次の事実を除く。)。

なお、前示認定の事実、〈書証番号略〉によれば、水島地域の上空における安定層の存在は、恒常的とはいえないこと(したがって、大気の拡散を抑える程にLidが存在するか否かは定かではない。)、水島地域の接地逆転層は、暖候期に午前七時、寒候期には午前一〇時ころには消滅すること、他方、海陸風の開始、終熄時は、季節によって異なるが、平均開始時刻は、海風は、春、夏は地域南端部八時三〇分ころ、中央部九時〜九時三〇分ころ、秋は、地域南端部一〇時ころ、中央部で一一時〜一一時三〇分ころ、陸風開始時刻は、春一九時一〇分ころ、夏二〇時〜二〇時三〇分ころ、秋一八時過ぎころ(「風に関する量的予報のための研究」(昭和五九年三月、大阪管区気象台、昭和四二年七月一五日〜八月三一日の間(七日間欠測)の水島港湾局の測定データによると、北分風から南分風へ変化した日数は、八時〜九時七日、九時〜一〇時九日、一〇時〜一一時三日、一一時〜一二時四日、一二時〜一三時三日、南分風から北分風へ変化した日数は、一七時〜一八時五日、一八時〜一九時五日、一九時〜二〇時六日であった。)であることが認められる。そうすると、原告らが主張するいぶし現象は、気象状態としてあらわれ難いとみるべきである。

また、千秋鋭夫及び奥田穣の証言によれば、一般的に上層には一般風が吹いていること、右一般風は、大気中の汚染物質を拡散する働きをすること、このことは、水島地域の上空においても同様であることが認められる。したがって、原告らがいう吹戻現象は、大気中に排出された汚染物質を、常時滞留させるほどに顕著なものであるかは不明である。

(2) 〈書証番号略〉によれば、前示(一)に記載した行政統計等によって、原告らの主張第二の三5(二)(2)の事実、すなわち、南、南西の風向頻度が高い春、夏期には、被告らの操業場所の北〜北東に当たる地域のSO2濃度が高く、西南西、西風の風向頻度の高い秋冬季には、右地域での濃度が減少し(測定局ごとのSO2濃度と風向頻度との間で、添付(50)中矢印で示す風向きにおいて、五%以下の危険率で順相関を示す。)、北西ないし西風が多くなる冬期になると、水島東部は、SO2濃度が高くなる傾向があることが多数の測定調査結果に現れていること、総体的に、大半の測定局で、被告らが風上となるときにSO2の濃度が高くなり、高濃度出現日の風向はいずれも南〜南西であったこと、SO2とNO2の高濃度の出現は、季節、風向等において相関連することが認められる。

また昭和四二年七月二四日から三一日までの厚生省の事前調査の結果、「水島地区の臨海工業地帯の影響が内陸部に及ぶのは、主として南〜南西の風の場合が多く、陸風が周期的に変化する場合、二四時間の平均濃度は比較的低くても、南寄りの風が進入すると同時に内陸部の亜硫酸ガス濃度は急激に上昇する。南寄りの風によって、水島地域の亜硫酸ガスの濃度は支配される。」旨報告されていること、岡山県が昭和四五年のSO2濃度測定結果に基づき、南寄りの風が吹いた時間を選んで、倉敷市内のどこかの測定点(児島、田の口のみの場合を除く)に0.15ppm以上の濃度が出現した場合を高濃度として、風向、風速、日射量、天気図型、上空の風向風速、安定度別に高濃度出現頻度を調査した(風向風速は監視センター、南春日町、水島港湾局のものによる。)結果、「右三測定点で南寄りの風が観測された時間数は、八七六〇時間中二七三五時間(三一%)、うち高濃度が観測された時間数は、七一九時間(二六%)であった。昼間に南寄りの風があるときに高濃度発生率が際立っていた。風速による差は顕著でない。日射量の多いとき程高濃度出現頻度が高く、特に、日射量が五〇cal/cm3・h以上のときは、高濃度出現率は四六%に達している。移動性高気圧の後面の場合に最も高濃度の出現頻度が高く、移動性高気圧の中心、夏型、北高型がこれに次ぐ。パイロットバルーン航跡図によると、上空風速別には、4.0m/s未満で五〇%近い高濃度出現率があった。」旨報告されていることが認められる。

したがって、水島地域における前示測定局と被告らの位置関係(測定局はほぼ東〜北方向、被告らはほぼ南西方向、原告らの居住地域は、北側の春日局を中心に、北方向にある)、水島地域の地形は、南西側が海に面するほかは、丘陵に囲まれていること、などを全体として判断すると、水島地域において、水島地域の風向別濃度、高濃度時の気象条件からみて、原告らに対する被告らの操業方向からの影響風向時に、他風向時に比較して平均濃度が高く、特に日射量の多いとき程高濃度出現頻度が高く、かつ、高い濃度発生時の大半が影響風向下にあるときであり、水島地域の大気汚染は南、南西方向から吹く風に含まれる硫黄酸化物及び窒素酸化物によるものであって、被告らが排出した右物質は、原告らの居住地域に到達したとみることができる。

(3) なお、粒子状物質については、前記認定の、浮遊粉じんや浮遊粒子状物質の濃度の推移、ガス状物質、特にSO2と共存し易い性質、被告らは各生産工程で粉じんやばいじんを排出していること等に徴すると、被告らは各生産工程から、各生産実績に対応した粒子状物質(降下ばいじんや浮遊粉じん等)を排出し、これらが原告らの居住地に到達したと推認できる。

(三) 千秋鋭夫の解析について。

(1) 〈書証番号略〉、千秋鋭夫の証言によれば、財団法人電力中央研究所の特任研究員千秋鋭夫は、風向きが日変化し、一般に微弱で、下層は日中不安定、夜間安定な成層となるため、その環境濃度への影響が論じられている海陸風日を抽出する目的であるとして、主として昭和五五年のデータを基に右地域の気象特性、特に海風について解析し、「瀬戸内東部地域における海陸風の生成と構造」(平成二年三月)」と題する論文を発表した。同人の見解は、大要次のとおりである。

ア ある特定の地域を対象とした海陸風日の解析で、従来よく行われている、海陸風日の判定を二、三の代表局における風向、風速、日射量などの気象条件によって判断する方法は、海陸風風系は、対象領域によって一様でないため、特定のある数点でこれを代表させることが難しいこと(風系はできるかぎり面的に捉えることが、望ましい)、海陸風判定条件により年間にわたって海陸風日を抽出したとしても、それ以外の日は、単に非海陸風日と判定されるだけで、その日を更に詳細に解析することが難しいことなどから、海陸風日の解析結果を理解するためには、非海陸風日との対比が必要であり、海陸風日のみではなく、通年、毎日の時別気象パタンを判別してこれを解析に用いる必要がある。更にまた、ある領域における環境濃度の解析や、海陸風の判別の際、最も重要な気象因子は、風向、風速の水平分布、時間的推移などであるとして、時別の気象パタンを求めるに当たって、基本要素を対象領域全般に及ぶ地上の流線図とし、この流線図を年間、毎時作成し、時別気象パタン分類をした。この分類法によって、一般流卓越の場合と海陸風等局地流卓越の場合とを客観的に判別できるプログラムを作成し、昭和五五年度を対象に瀬戸内東部地域約七〇点の観測局における毎時データを用い気流パタン分類を行った。その結果、以下の卓越風系を見いだすことができる。

a 一般流卓越

強い西高東低の冬型気圧配置の場合などのように総観気象場の気圧傾度が強いと、瀬戸内東部全般に一様な風向の強風がみられる。

b 局地流卓越

総観規模の気圧傾度が弱く、好天の日の瀬戸内東部の中国地方には、日中、播磨灘から内陸へ入り込む南東寄りの風系、水島灘から内陸へ入り込む南西寄りの風系が生じやすい。これらの風系は、いずれも陸地と海岸との温度差が起因して生じる、いわゆる海陸風である。二つの風系は、共存することもあり、何れかが卓越することもある。

イ 瀬戸内各地の海陸風の鉛直分布は、次のとおりである。

a 海陸風高度

日中の海風は、十分発達した場合、地上数百mに達する。これに対して、陸風層は、やや薄く一〇〇mないし二〇〇m程度のことが多い。

b 重層構造

瀬戸内地域の海陸風生成の場合、その鉛直構造は次の二通りある。①総観規模の気圧傾度に伴う一般流の場で、地表付近に海風あるいは陸風が生成する場合、極めて単純な二層構造を見せる。②地上一〇〇〇m程度以上の自由大気中には一般流があり、その下層に瀬戸内特有の東風域がある。地表付近に海陸風が発生すると、三層構造となる。瀬戸内海を南北に切る鉛直断面を考えると、海陸風が発生する場合、モデル的には、下層に収束帯があり、上層にはそれを補償する反流の作る発散帯があると説明されることが多い。しかし、実際上、大気は閉鎖系ではなく、上空には一般流が存在するので、モデルのような循環系がそのまま成立することはほとんどない。

静穏頻度については、岡山県南域では、内陸部と沿岸部とでは大きく異なり、内陸部は高いが、水島地区は、全国各地の沿岸部と同程度であり、決して高くない。

ウ 海風については、岡山県南域の海風には、水島灘海風と、播磨灘海風の二種類があるが、水島地域において海よりの風となる水島灘海風の発生頻度については、一日二、三時間しか海風が吹かなかった日も海風日として扱い、できる限り海風日を多めに採る方針のもとで解析した海風日は一二四日であり、三四%の頻度である。そのうち、一日二〜三時間しか海風が吹かなかった日は、三八日であった。時別の水島灘海風の発生状況は、年間7.6%である。海陸風の発生に関しては、瀬戸内と他地域との間で大差ない。

(2) 右千秋の見解及びそれに基づく被告らの主張は、要するに、①水島地区において、海陸風の発生に代表される瀬戸内型の気候といわれているものは、必ずしも顕著ではなく、他の地域と大差ない面がある。②静穏頻度は、岡山県の内陸部と沿岸部で大差があり、内陸部は高いが、水島地域は、全国各地の沿岸部と同程度であり、決して高くないこと、③海陸風についてみると、岡山県南地域の海風には、水島灘海風と播磨灘海風がある。水島地域において海寄りの風となる水島灘海風の頻度は、一日二、三時間しか吹かなかった日(年間三八日)を海風とみても、年間一二四日であり、三四%の頻度であるとしていることを指摘し、被告らは、右によって、被告らから排出されたSO2、NO2等の物質が大気を経て原告らに到達したとする原告らの主張の根拠が崩れるという。

しかし、被告らから排出された物質が、海陸風によって運ばれて原告らに到達したことは、必ずしも、Lid、いぶし現象、吹戻し等、原告らが、水島地域特有であるとする現象によるものばかりではなく、被告らが風上のときに大半の測定局で高濃度を記録していることから認められることは前示のとおりであること、原告らに大気汚染物質が到達することは、水島地区にある程度の海陸風が発生していることは要素であるが、三四%の頻度で海風が吹いていれば、右原告らへの到達を認定することに別段の支障はないというべきであるから、右千秋の解析の存在によっては、被告らから排出された大気汚染物質が原告に到達するという前示認定を左右するものではない。

6 シミュレーションについて。

〈書証番号略〉によれば、環境庁は、NOxの総量規制(環境基準を達成するために、ある対象の地域における排煙の全体の量を一定以下に抑える。)を実施する目的で、「窒素酸化物総量規制マニュアル」を公表したこと、岡山県は、倉敷地域の総合的な窒素酸化物対策を立てるため、シミュレーションを実施し、「倉敷地域窒素酸化物排出総量削減計画」を公表したこと、右は、昭和五二年を基準年としたシミュレョーションモデルを作成し、昭和六〇年の窒素酸化物の濃度予測をしたこと、調査の対象として、硫黄酸化物も取り上げていること、このシミュレーションは、前示窒素酸化物総量規制マニュアル(公刊前であった。)にしたがって実施され、計算値と実測値の整合性は、Aランクとの評価を受けていること、右マニュアル、シミュレーションの作成の経緯、内容は、被告らの主張第二の三の6(一)記載のとおりであることが認められる。

原告らは、右シミュレーションについて、大要、原告らの主張第二の三6記載のとおり批判する。

(一) 〈書証番号略〉、千秋鋭夫の証言によれば、確かに、岡山県シミュレーションは、大気拡散シミュレーション自体の性質であるが、一定の長期間を対象にして平均濃度を求めるための手法としての、モデル化による画一性を有している。そのため、画一化によっても、必ずしも個々の事象を正確に反映しなかったり、いずれを採用することが正確に実態を反映するかについて見解が分かれる複数の計算式のいずれかを採用したときなどには、必ずしも普遍的なものとして承認されることを期待できない場合がありうることは否定できない。シミュレーションによって得られた結果を何らかの結論を得るためには使用する場合には、右の本来的といえる性質上の制約に配慮する必要はある(他面、資料にそれぞれ作成の経緯、使用目的などによる用途の制約があることは、統計等を用いる場合一般にいえることであって、特にシミュレーション固有の問題とはいえない。)。したがって、本件の争点の一つである被告らの水島地域における大気汚染濃度に対する寄与率を判断するについて、右シミュレーションの結果を唯一の資料とすることは、必ずしも当を得た方法とはいえない可能性がある。他方、前示各証拠及びシミュレーションの基となった総量規制マニュアルは、大気拡散に関する専門家の英知を結集して得られたことが認められるものであるから、それ自体の資料としての一般的価値は、右制約があるからといって減殺されるものではない。本件において、被告らの寄与度を判断するための証拠のひとつとして、他の証拠とともに右シミュレーションを用いることは、そのこと自体としては不合理ではなく、許されるというべきである(昭和五〇年の資料を四〇年代についての判断に用いることは、右と同様の趣旨で、そのこと自体不当とはいえない。)。

(二) 岡山県シミュレーションが使用している昭和五二年の窒素酸化物の統計(「倉敷地域窒素酸化物排出総量削減計画」)と、「昭和五二年度使用実績」記載の自動車の排出量についての数値が異なることは原告らがいうとおりである(シミュレーションの方が排出量が多い。)。いずれも実態に則して正しいかは定かでない(少なくとも、シミュレーションが正しいとは必ずしもいうことはできない。)。

(三) 岡山県シミュレーションのモデルの適合性判断に使用された二酸化硫黄の濃度は、公表されているものよりも、相当程度低いものがある。

右について、被告らは、測定機器を精度の高いものに交換したことによる実測値の修正であるとする〈書証番号略〉によれば、倉敷市は、昭和五〇年〜五五年の間、二酸化硫黄の測定器を高感度型に交換したこと、〈書証番号略〉によれば、従来型よりも高感度型の方が一〇ppb程度小さめに計測値が記録されること、右交換した測定局の数値を一〇ppb程度上げてみると、公表値に近くなることが認められる。他方、〈書証番号略〉によれば、公表値と修正値との誤差は、全体として五〜一一であるが、各修正の根拠が明らかでない上、測定値の変更により濃度が低くなったことを記載している公刊物は存在しないのであるから、右測定器の更新による修正の主張をそのまま採用することはできない。

(四) 〈書証番号略〉によれば、岡山県シミュレーションの報告書には、一見してそれと分かる書込みによる訂正が、複数か所あることが認められる。右訂正の経緯(被告らは、株式会社数理企画が被告らの委託によって被告らの寄与率を算出する過程で誤記を発見したという。)については定かでない。しかし、右訂正に関し、何らかの不正が行われ、又は大気汚染濃度の算出に影響を及ぼすことを認めるべき証拠はない。

四汚染源について。

1 濃度と排出量の関連について。

〈書証番号略〉によれば、倉敷市内の硫黄酸化物排出量と水島地域の二酸化硫黄濃度(年平均値)とを比較すると、昭和四一年〜四四年までは排出量に対応して濃度も高くなっていること、昭和四四年と四五年をみると、排出量はほとんど変化していないが、濃度は四四年〜四五年に急激に低下していること、四五年と四六年とをみると、排出量は著しく増加したが濃度はほとんで変化せず、四七年〜四八年をみると、排出量は減少したが、濃度はほとんど変化していないことが認められる。このことは、排出量の増減のみが直ちに大気汚染濃度の増減を意味しないことを示しているとみることができる。

2 他の汚染源について。

〈書証番号略〉、千秋鋭夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、昭和五二年において、倉敷市には、大防法に基づくばい煙発生施設を有する工場、事業場が二四九存在し、うち水島にあるのは八四であること、水島地域内に所在する工場等のうち、公健法に基づく汚染負荷量賦課金申告対象の工場等(ばい煙発生施設を有する工場等のうち、最大排出ガス量が一時間当たり五〇〇〇Nm3以上)の数は、昭和五〇年度〜五七年度において、最少五八年度三九、最大五三年度四八であること、NOxの固定発生源は、児島、国設倉敷、西阿知、玉島、港湾局付近(原告ら居住地に近い。)等被告らの工場等が存在しない地区に相当程度あること、自動車及び船舶は、燃料からNOxを排出するが、自動車が排出する二酸化窒素は、地表付近で排出され、距離による希釈の度合いが小さいため、煙源の近くで影響が大きく、少量の排出でも付近の濃度が高くなること、岡山県が三年に一度実施している交通情勢調査の結果によれば、周辺に原告らが比較的多く居住する測定局三か所の付近の路線の一二時間交通量の推移(昭和四〇年〜五八年)は、添付(48)のとおりであること、船舶等については、昭和四〇年から五六年までの、水島港に入港する船舶及びそのトン数は、昭和四〇年二万三六八八隻、九〇二万六一九三トンから、四五年六万五五〇二隻、四六七一万三三七九トンに増加した(以後は、五六年の六万一二〇九隻、六四二〇万一一九〇トンに至るまで大きな変動はない。)ことが認められる。

右事実によれば、水島地域の大気汚染には、被告ら以外の事業所(工場)、自動車、船舶等がかかわっていることが認められるが、その程度を具体的に認めるべき証拠はない。

3 商号、高煙突について。

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、煙突から排出された煙の排出の一般的機序、排煙の動向にかかわる条件、煙突の集合、高さの影響は、被告らの主張第二の四の3のとおりであること、昭和五二年における、倉敷市の大防法に基づくばい煙発生施設の煙突実高別煙突本数は、添付(49)のとおりであり、総合計五六一本のうち、被告らの設置分は一七六本であること、被告ら以外の煙突のうち三五八本は、実高さ五〇m未満であること、二〇〇m以上のもの三本は、被告川鉄及び同中電が設置していること、昭和五二年度の被告らの総排出量のうち、高さ一〇〇m以上の煙突から排出している量は、硫黄酸化物の85.8%(一五〇m以上66.7%、五〇m未満1.3%、三〇m未満0.3%)、窒素酸化物の74.3%(内一五〇m以上66.7%、五〇m未満5.5%、三〇m未満2.6%)であること、他方、汚染物質の着地濃度は、有効煙突高一〇〇mでは一Km前後、三〇〇mでは一〇〜二〇Kmの間に着地濃度が高くなることが認められる。このことと、前示原告らの居住地域と被告らの操業地域との位置関係からみると、被告らの煙突の集合、高煙突化は、水島地域の大気汚染濃度を緩和する一助となってはいるが、なお、ある程度の汚染物質の落下を防ぐまでにはいたっていないとみるべきである。

五到達及び被告らの寄与割合について。

1 被告らの排出する硫黄酸化物、窒素酸化物及び粒子状物質並びに他の汚染源(船舶、自動車)からの窒素酸化物等による汚染物質が原告の居住地に到達することは、前示のとおりである。

2 寄与割合について。

(一) 〈書証番号略〉及び千秋鋭夫の証言によれば、被告らは、株式会社数理計画(環境庁、自治体、岡山県報告のシミュレーション計算等をてがけている。)に対し、昭和五二年度における右岡山県シミュレーションモデルを基に、被告らの大気汚染拡散計算をし、倉敷市内及び隣接地域に設置された大気汚染測定局への被告らの到達濃度及び全重合計算濃度に対する割合を算出することを委託し、その結果報告は、添付(41)、(42)、(43)のとおりであり、付近に原告らの多くが居住する春日(及び監視センター)について、被告らの寄与割合をみると、二酸化硫黄22.4%(27.9%)、二酸化窒素14.2%(19.1%)、窒素酸化物13.0%(19.5%)であることが認められる。

(二) 被告らは、右シミュレーションに基づき、側定局ごとに、ある年度における風向別頻度と濃度とを統計解析することによって、被告らを含む工場群の影響度合いを推定する(例えば、ある地点の年間の風向が北と南であり、その発生頻度が北風八〇%、南風二〇%、北風の平均濃度が一〇ppb、南風二〇ppbであったとすると、年平均値は一二ppb(10×0.8+20×0.2)である。この平均値に北風が占める割合は67%(10×0.8/12)、南風は33%(20×0.2/12)である。)方法で、昭和五二年の二酸化硫黄をみると、春日36.2%、監視センター37.2%になること、昭和四二年から四九年までの春日及び監視センターの風上風向(南東〜西南西)の範囲について、各方位の寄与割合を算出すると、添付(44)のとおりであり、いずれの方位も三〇%台で、各年度の間で、顕著な差はないこと、被告ら煙源が各測定局に対して風上となりうる方向範囲には、被告らの工場等のほかに多数の企業が存在すること、「岡山県水島地域に係る公害防止計画」によれば、昭和四三当時の右企業の多くが、大防法が定めるばい煙発生施設、岡山県公害防止条例が定める特定施設を保有していること、水島地域における集合高煙突化は昭和四五年ころまでには一応完成しており、以後の煙源の状況はほとんど変化がないこと、したがって、以上の諸事情を総合すれば、昭和四五年ころ以降の水島地域の各測定局の二酸化硫黄濃度に対する被告らの寄与割合は、昭和五二年ころとほぼ同程度とみるべきであると主張する。

算出方法は、それ自体不合理なものとはいえない。被告らの寄与割合を算出する一方法であるとみるべきである。

しかし、被告らの寄与割合は、本件に提出されたすべての証拠から判断するべきものである(岡山県シミュレーションモデル自体、性質上、それのみを算出の基礎としえないことは、前示のとおりである。)から、右計算結果をもって、ただちにそのまま寄与率を認定することはできない。

(三) 右被告らが汚染した範囲(寄与割合)は、被告らの排出量の倉敷市全体の排出量に対する割合が、前示のとおり、硫黄酸化物(昭和三九年〜平成元年)について八五%、窒素酸化物(昭和四七年〜平成元年)について(移動発生源を斟酌して)八〇%であること、SO2の濃度が高くなるのは、南方向の風が吹いたときであること、このことは、硫黄酸化物と窒素酸化物と相関連すること、SO2濃度が高くなる風向は、被告らの操業地域と一致するから、大規模な固定発生源としての被告らの影響は大半の測定局に及んでいると推定できること(NO2については、移動発生源との関係で必ずしも定かでない。)、水島地域の大気汚染は、被告らが排出する大気汚染物質が海風により内陸部に搬送され、これに、点在する中小発生源、自動車等からの排出物が加わったものであることが推定されるが、〈書証番号略〉によれば、SO2以外の汚染物質については、中小発生源、自動車等によるものが無視できないこと、NO2の濃度は漸増し(昭和四七年ころから増加率は低下)、NOxの排出量は、昭和五三年ころから減少しており、SO3とNO2とは昭和五二年ころを含めて強い相関関係があること、大気汚染は、昭和四〇年代後半ころまではSOxが問題とされたが、煙源の改善等によりNO2、粒子状物質等が問題にされるようになったこと、NOxについては、発生源の多様性、発生機構の複雑さ、技術開発の遅れ等から、総量規制の目標が達成できていないこと(昭和五三年では目標値の二倍)、他方、SO2については、自動車からの排出は極めて少ないこと(ディーゼル車について問題になるにすぎない。例えば、昭和四九、五二、五五年では、NO2排出量の六〜一〇%にすぎない。)ことが認められ、岡山県シミュレーションに基づく調査結果は計算上の数値であるから、汚染の実態を正確に把握したものとはいえないこと等を考慮すると、昭和四〇年代後半ころまでの被告らの本件大気汚染に対する寄与率は、八〇%と認めるのが相当である。

被告らは、岡山県シミュレーションに基づいて、主として被告らが煙源の風下傾向になる風向の頻度から推定して、原告らに対する大気汚染物質の到達割合は、三七%くらいであると主張する。しかし、シミュレーションの自動車による排出量は、使用実績の数値と異なること、二酸化硫黄の濃度が公表されている数値よりも低いこと(修正についての主張は、前示のとおり採用できない。)、シミュレーションは、あくまで計算上の数値であって、汚染の実態を具体的に把握した上での推定とはいいがたいこと、計算はそれ自体として、風によって運ばれる物質の移動、降下を判断するについて、一定の誤差が生じる可能性を有していること、特に、被告の右主張の基礎となった、水島地域八社大気拡散計算報告書は、排出量について、昭和五二年度の資料を用いているにすぎないことなどからみて、右シミュレーションの結果を考慮しても、前示のとおり、被告らの寄与率を八〇%とする判断は左右されるものではない。

第三健康被害

一大気汚染物質の生体への影響

1 呼吸器に対して影響を与える物質

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 硫黄酸化物(二酸化硫黄)

硫黄酸化物による大気汚染は、通常二酸化硫黄によるものである。二酸化硫黄は、上部気道で吸収されやすく、主としてそこを刺激する。しかし、深部気道に侵入しうるような粒径の小さな粒子が共存する場合には、右粒子に吸着して深部気道に侵入して刺激する症状がでることが考えられる。まず上気道上皮にある受容体を刺激し、主に迷走神経を介して平滑筋の反射性の収縮が起こると考えられている。気流抵抗の増加を引き起こす濃度は、動物の種差で相当の差がある。更に、気道表面から容易に吸収されて循環器系に入り、吸収された後は、重亜硫酸塩や亜硫酸塩となり、いろいろな組織に運ばれ、やがて尿となって排泄される。一部は血液から肺胞領域に脱離する可能性が指摘されている。

(二) 窒素酸化物(二酸化窒素)

窒素酸化物による大気汚染は、通常二酸化窒素によるものである。二酸化窒素は、生理学的に溶解性が低く、全気道に影響を及ぼし、深部気道に侵入し、細気管支や肺胞領域に影響を与える。細胞膜の不飽和物質を急速に酸化し、過酸化脂質を形成するが、他方、一部はゆっくりと加水分解し、亜硝酸や硝酸が形成され、気道から吸収される。二酸化窒素暴露により肺の形態学的変化を引き起こす基本的機構として過酸化脂質の形成による細胞膜の障害が考えられている。線毛細胞の運動の減少や構造の変化、免疫グロブリンに影響を与えることなどにより、感染抵抗を弱めさせると考えられている。0.2ppmくらいから、動物に様々な影響を与える可能性が示されているが、ラットを対象にした研究で、0.4ppmの一八か月間暴露で、平均肺胞壁厚の増加、九か月間暴露で、動脈血酸素分圧の低下がみられる。

(三) 粒子状物質

降下ばいじん、浮遊粉じん、浮遊粒子状物質がある。

粒子が気道に沈着し、物理的化学的な気道に対する刺激、クリアランス機構の障害などが関与して起こると考えられる感染抵抗性の減弱、形態学的変化などである。0.1mg/m3の塩化カドミウム、0.5mg/m3の塩化ニッケル、1.55mg/m3の酸化マンガンへの二時間暴露で右の症状が観察されている。

浮遊粒子状物質は、呼吸器の深部まで到達・沈着する。またガス状汚染物質、特にSO2の共存によって種々雑多な影響、特に非特異的反応を引き起こす。

2 喫煙

(一) たばこに含まれる窒素酸化物の濃度は、数百から千数百ppmであるとする調査報告がある。

(二) たばこの害について次のような指摘がある。

たばこの煙中の刺激物質により気道が収縮する。末梢気道に強く現れ、末梢気道抵抗が増大する。慢性喫煙によって、末梢気道障害をきたす。ただし、これらの症状は、禁煙によって回復しやすいといわれている。

古くから喫煙量が多いほど咳、痰が多く、慢性気管支炎患者が喫煙を続けると、明らかに症状が悪化し、一秒量の年間減少率が大きくなり、更には死亡率の増加(重喫煙者では非喫煙者の八倍)がみられる。たばこの煙による気管支線毛運動の低下、杯細胞増加、気道上皮の化生などと関連することが、動物実験で確認されている。

肺気腫発生の重要因子と考えられている。剖検四一七例で、喫煙量の増加とともに肺気腫は増加したことが報告されている。

気管支粘膜の線毛運動の低下、免疫機能の低下をきたし、呼吸器感染を起こしやすい状態になる。

(三) 他方、喫煙者の中でCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を発症するのは一五%程度であり、逆にCOPDの中で喫煙が原因と考えられるものはその一部にすぎない。喫煙の方法(肺臓喫煙か否かなど)、フィルターの装着の有無などによって、影響に有意義な差があるとの報告がされている。

(四) 現在では、たばこと慢性気管支炎、肺気腫との関係は定説となっているといってよいが、具体的には、量、期間、個体差は明らかになっていない。

二本件疾病の概念及び病因一般

〈書証番号略〉、長野準、梅田博道の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1 慢性閉塞性肺疾患

公健法による第一種地域の指定疾病として、慢性気管支炎、気管支喘息、喘息性気管支炎、肺気腫(以下「本件疾病」という。)及びこれらの続発症が指定されている。このうち慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫を総称した概念である。

一九五八年英国でチバ・ゲスト・シンポジュウム(以下「チバ・シンポ」という。)が開催され、それまで英国と米国で、疾患概念について臨床上の合意が得られないまま使用され、診断名に混乱のみられた慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫を総称する病名として「慢性非特異性肺疾患(CNSLD)」という用語の使用が提案された。

一九六五年米国胸部疾患学会(以下「ATS」という。)は、慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫の三疾患が、臨床症状において極めて類似し、慢性の気道閉塞が起こると区別できなくなり、また多くの場合に病変が合併し、その捉え方に差が生じ混乱していたため、臨床像と病理像との関連をもっと正確にできるようになるまではCOLD(COPD、慢性閉塞性肺疾患)というような非特異的な言葉を使用したほうがよいと提案し、これが一般に定着した。

しかしながら、最近の医学の進歩により、個々の疾患が臨床的に区別して診断されるようになり、慢性閉塞性肺疾患の概念は、その存在意義を失ったばかりではなく、かえって混乱のもととなる場合さえあるとの見解もあるが、独立した疾病として診断されるべき慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫がお互いに重なりあっている場合も実際にはあり、これらの疾病を包括する適当な用語も見出し難いところから、慢性閉塞性肺疾患(COLD又はCOPD)という用語は現在でも広く使用されている。(「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」)。

2 慢性気管支炎

(一) 概念

気管支粘膜における一次的な非特異的慢性炎症で、基本的病態は、気管支壁分泌構造(気管支腺と気管支上皮における杯細胞)の肥大に基づく持続性の気道粘液の過分泌である。他の閉塞性疾患の鑑別で除外された残りの疾患という立場にある。

臨床的には、一般に、フリッチャーの定義(肺、気管支、上気道の限局性疾患によらないで起こる慢性持続性(少なくとも二冬連続して三か月以上ほとんど毎日咳痰が存在する状態)の喀啖を伴う咳を示す疾患)を診断基準としている。

我が国では、慢性気管支炎について、学会などでの定義や診断や診断基準など公式なものはない。一般的には、おおむね、フレッチャーの定義、チバ・シンポ又はATSの定義に準じて各臨床家がそれぞれの経験を踏まえて診断基準や病型分類をしている。公健法上の指定疾病の認定は、フレッチャーの定義によって運用されている。今日では、病態は、①粘液の過分泌、②反復性の感染であり、気道粘液の過分泌に気道閉塞が伴うものではないとする意見が多数を占めている。しかし、慢性気管支炎の病理学的・形態学的変化を臨床的にとらえることが困難な一面も残しており、今後の研究が待たれるといった状況にある。

その主症状は、長期間にわたる咳、痰である。増悪時には喘鳴、息切れを伴う。

(二) 病因

(1) 数多くのものが挙げられるが、各々が複雑に絡み合っているため、病因を特定することは不可能である。外的因子として、喫煙、気候、大気汚染、職業性暴露、感染、内的因子として、加齢、性、人種、体質(アレルギー素因)、遺伝、既住症、循環器障害などがある。

ア 喫煙

喫煙者は、非喫煙者に比し、慢性気管支炎や肺気腫による死亡率が高い。また、呼吸器疾患症状の有症率が高く、肺機能が低下しており、喫煙量増加につれて更に悪化する。呼吸器症状がなくても、喫煙者は、末梢気道の機能異常を有する者が非喫煙者より多い。

イ 大気汚染

気道感染が慢性気管支炎や気管支喘息を含む慢性閉塞性肺疾患の発症、増悪因子として、多かれ少なかれ関与している可能性は高く、大気汚染は気道感染を起こしやすい作用を持つ。慢性気管支炎の分泌過多は必ずしも気道感染を伴わなくても起こりうるが、分泌過多があると細菌やウィルス感染を起こしやすくなり、また、感染は気道に形態学的、機能的変化を起こしやすいと考えられている。

ウ 感染

慢性気管支炎の発生や増悪には、必ずしも気道感染を必要とはしないが、慢性気管支炎患者の喀啖中に多数の肺炎球菌、インフルエンザ菌、溶血性連鎖球菌を認め、粘液痰より膿痰に多いという報告がある。また、慢性気管支炎の増悪には、細菌よりも、ウィルス感染を強調する考え方がある。RSウィルスが最も注目されている。大気汚染下では、細菌やウィルスの感染が起こりやすい。

エ 加齢

加齢によって線毛細胞の萎縮が起き、異物の浄化作用や排出作用が衰え、感染を起こしやすくなる。

剖検肺一八七例について気管支壁の状態を調査した結果、正常肺は、四〇歳以上の者では四〇%以下であったとの調査結果がある。

(2) 他病との関連

ア 気管支拡張症

気管支に非可逆的な拡張状態が存在し、それに起因する咳、痰、膿性痰、血痰、喀血、発熱などを呈し、これらをしばしば反復する。病理学的には、気管支壁支持組織の破壊による内腔の拡張である。

原因は、先天性、後天性があるが、不明なものが多い。先天性には、嚢丈拡張が多発し、後天性は、小児期の気管支肺炎、麻疹、百日咳などの既往症によるものが多い。肺結核などの治癒後にみられる続発症の場合もある。原因不明のものを特発的気管支拡張症と呼び肺結核、肺腫瘍などに続発するものを続発的気管支拡張症と呼ぶ(右続発症に気管支拡張症という病名を付することの適否について、分類の上で医家の間で見解の相違がある。)。慢性気管支炎にはしばしば気管支拡張を伴うものがあるとする一方、慢性気管支炎が原因となって気管支拡張症を続発することはないとする見解がある。

イ 副鼻腔気管支症候群(副鼻腔気管支炎、副鼻腔気管支拡張症及びびまん性汎細気管支炎)

①慢性気管支炎、②気管支拡張症、③びまん性汎細気管支炎患者は、上気道の慢性炎症である副鼻腔炎を合併していることが多い(①、②の五〇%以上、③の八〇%以上、①は82.4〜85%、②は57.9〜75%、③は84.8%とする報告がある)ことから、慢性副鼻腔炎を伴う下気道疾患を総称した概念である。

症状は、①副鼻腔気管支炎は慢性気管支炎、②副鼻腔気管支拡張症は気管支拡張症と同様である。③は、両肺に炎症がびまん性に(広汎に)に発生し、強い呼吸障害を起こす。咳、痰、血痰、喘鳴、呼吸困難、発熱などである。

原因については、副鼻腔炎が原因となり気管支が感染し、拡張したものとその逆があると考えられている。これらの病因的関連は明らかでなく、以前は、副鼻腔から膿が夜間に気道に流入して下気道疾患を発生させるという説が多かったが、最近は、患者の気道の粘液繊毛の輸送系異常によると考える素因説が有力である。

副鼻腔炎については、大気汚染地域での発症率が高いとの調査結果がある。

ウ 喘息性肺好酸球増多症(喘息性好酸性肺炎)

好酸球(直径一三〜一八μmの顆粒、運動能力、貧食能を有し、抗原抗体反応の場に集まって抗原抗体複合物を貧食するなど、アレルギー状態に関与して機能を発揮する。末梢血中に正常で一〜五%存在する。)の増多を伴う一種の肺の炎症である。症状は、咳、痰、発熱、喘鳴、呼吸困難などである。

原因は、アスペルギルス等のかび類を原因とするアレルギーであるとされる。他方、好酸球性の炎症は、アレルギー以外の原因で発症することがあること、アレルギーではあっても、、アトピー以外の素因によるものも少なくないこと、大気汚染は、アレルギー反応を促進する作用があることが指摘されている。

エ 急性気管支炎

初め、胸骨裏面に違和感を覚え、咳と痰を伴い、三八度C程度の発熱がみられるが、咽頭の異常所見は軽微である。主要病原は、アデノウイルス、インフルエンザウイルスで、これにマイコプラズマが加わるとされている。急性気管支炎を繰り返すことによって、慢性気管支炎になるということはない。他方、慢性気管支炎は、急性気管支炎が引き金となって増悪することが多い。

急性気管支炎の繰り返しと慢性気管支炎の急性増悪とは、前者は、発症後にいったん治癒し、更に発症を反復するのに対し、後者は、慢性炎症を持続することで区別される。

3 気管支喘息

(一) 概念

広汎な気道狭窄による可逆性の呼吸障害を起こし、気道の過敏性を有するものの(他の心疾患を除く。)である。

我が国では、学会などでの定義や診断基準など公式なものはない。一般的には、チバ・シンポ及びATSによる定義が通用している。公健法上の指定病状としての気管支端息の解釈は、ATSの定義によって運用されている。それによれば、種々の刺激に対する気管及び気管支の反応性の増加で特徴付けられ、気道の広範な狭窄がみられる疾患である。自然に又は治療により短期間のうちに変化する、急性又は慢性の気管支炎、慢性肺気腫、心臓血管系疾患によらないものとされている。気管支喘息の基本的な病態は、気道が過敏であること、そのためいろいろの物理的、化学的な刺激に対して気道が異常に反応して、気道壁の平滑筋攣縮、分泌物、浮腫によって閉塞状態を起こし、その結果喘鳴が生じ、自覚的に呼吸困難を認めるようになり、しかもその閉塞状態は可逆性で自然に又は治療により短期間で改善する疾病と理解されている。医学生向けテキストには、①広汎な気道狭窄がある。②可逆性である。③気道過敏性がある。④他の心肺疾患によるものを除外すると記載しているものがある。

その主症状は、喘鳴を伴う呼吸困難で、咳、痰を伴うこともある。これらの症状は可逆的で、自然に又は治療により短期間で改善する。

(二) 病因

アレルギー、感染、化学伝達物質、自律神経異常、心因説などがあるが、実際には、各々が関連し合い、全体としての発症に関与するものと考えられ、特定病因のみで気管支喘息の発症原因を一元的に延べるのは難しい。

(1) アレルギー

ほとんどは、Ⅰ型(IgE(免疫グロブリン)が関与する反応で、抗原抗体反応により化学伝達物質が遊離し、組織が反応する型)アレルギーに基づくもので、ハウスダスト、花粉類、カビ類などの種々のアレルゲンが吸入により気管支粘膜中にあるマスト細胞上のレアギン(IgEに属する。)と結合し、アレルゲンとレアギンの抗原抗体反応の結果、マスト細胞で脱顆粒現象を起こし、ヒスタミンやSRS―Aなどの化学伝達物質が遊離される。これらの物質は、気管支の諸細胞に作用した粘液分泌の亢進、血管壁透過性や血清成分浸出の亢進に伴う気道粘膜の浮腫、腫張及び気管支平滑筋の収縮を引き起こして気道狭窄を生じる。寒冷や大気汚染物質などの刺激が気道に作用すると、迷走神経反射路を介し、アセチルコリンが遊離され右と同じような機序で気道狭窄が起こると考えられている。しかし、レアギンが産生され抗原抗体反応の結果ヒスタミンやSRS―Aが遊離されたり、寒冷や大気汚染物質などの刺激でアセチルコリンが遊離されても、喘息発作がおこるかというと必ずしもそうとはいえず、気管支喘息の発症には、気道の過敏性の存在が必要条件の一つとされている。

(2) 感染

感染による気道粘膜の炎症性変化で気管支粘膜内にある受容体の感受性が亢進し、更に、細菌自体がアレルゲンとして作用すること、感染そのものが喘息を引き起こすというよりは、増悪させることなどが考えられている。

(3) 化学伝達物質

気管支喘息の患者は、ヒスタミン、SRS―Aやアセチルコリンに敏感で、例えば種々のアセチルコリン・エーロゾルを吸入させると正常者に比し数十分の一から数百分の一の濃度で気道狭窄が起こる。その原因は不明であるし、また、この過敏性が先天的なものか後天的なものかについても現在のところ十分解明されていない。また、気道平滑筋には、ヒスタミン受容体があり、平滑筋収縮性の作用と弛緩性の受容体があり、健康な者では均衡が保たれているが、気管支喘息患者ではヒスタミンの収縮作用に敏感であると考えられている。

アスピリン及びそれと類似の薬理作用をもつ酸性非ステロイド性抗炎症剤による気管支喘息は、成人の一〇%にあるといわれている。発生機序は明らかでない。

(4) 自立神経失調

気道狭窄の発現には、気管支平滑筋の収縮が強く関係しており、気管支平滑筋が自律神経の支配を受けていることから、自律神経の異常の関与が注目されている。副交感神経緊張説、交感神経機能低下説がある。

(5) 心因

気管支喘息では、気道における自律神経系が、正常より著しく「ずれ」の状態、すなわち、はなはだしい偏向を示しており、また、小児では、成人に比べて自律神経系の機能が未分化であり、自律神経調節機能不全を来しやすいと考えられる。また、情動中枢である大脳辺縁系は、視床下部、自律神経抹消、肺組織の三つのレベルで相反する二つのシステム(交感神経及び副交感神経)を利用して気道の収縮機能を調節している。したがって、種々の情動の変化によるシステムの不均衡により、気管支喘息が発症すると考えられている。なお、発症の直接の原因としての意義には疑問があり、発作の引き金や増悪因子としての重要な役割を演じていると考えられている。

(6) 大気汚染

気道感染が、慢性気管支炎や気管支喘息を含む慢性閉塞性肺疾患の発症、、増悪因子として多かれ少なかれ関与している可能性は高く、重要な役割を演じているものと考えられる。また、大気汚染物質は、気道過敏性のある患者の発作を起こす一つの誘因といわれている。

(三) 喘息性気管支炎

(1) 概念

反復性気管支炎、アレルギー性気管支炎、乳児期気管支喘息、初期気管支喘息などの用語によって呼ばれる疾病を含んだ症候群として使用される場合もあるし、また、これらの疾病と区別される場合もある。ATSは、一九六二年に発表した分類では、慢性気管支炎に感染が併発し、喘息を生じる気道狭窄の状態を喘息性気管支炎とした。

名称自体学術的に問題があり、定義、診断基準は確立していない。諸家に共通した臨床像は、ほぼ次のとおりである。

主として二歳以下の小児にみられる低音性の喘鳴と感染徴候を伴う反復する気管支炎で、呼吸困難はないが、あっても軽く、予後は大体良好である。認定に当たって注意すべきことは、①医師の治療を要する気管支炎を一年以内に四回以上繰り返すこと、②低音性の喘鳴(「ゼロゼロ」、「ゼーゼー」と表現されるもの)を伴い、呼吸困難(努力性呼吸)がないか、あっても軽いこと、③二歳以下の者に多くみられるものであり、六歳以上では稀であることがいわれている。

なお、原告らの中で、右病名のみで認定されている者はいない。

(2) 病因

慢性気管支炎の場合と同様、定説は示されていない。

4 肺気腫

(一) 概念

病理学的見地による分類が一般である。ATSは、一九六二年に、肺気腫とは、肺胞壁の破壊的変化によって、終末の非呼吸性の細気管から遠位の気腔の異常な拡張によって特徴づけられる肺の解剖学的変化であるとした。

臨床的には、他の呼吸器疾患との鑑別が容易でないためその病態はとらえにくい。気道感染を伴わない典型例では、呼吸時に気道抵抗は上昇する。これは、脆弱化した気道が、呼吸時に肺の弾性収縮力の低下(肺のコンプライアンス上昇)のために、容易に押しつぶされるからである。不可逆性の気流閉塞を生じる。我が国では、一九六三年に肺気腫研究会が公表した診断基準(添付(51))があり、公健法上の指定疾病の認定基準として運用されている。これは、肺胞の破壊を生体で診断することが不可能であるため、スパイロメーターによる一秒率をひとつの基準とした実用的な試みである。

症状は、息切れ、咳嗽、喀痰、喘鳴である。

(二) 病因

慢性気管支炎について述べたところとほぼ同様である。

加齢について、剖検例四八九について、軽度のものを含めれば、肺気腫の罹病率は、五〇〜五九歳34.1%、六〇〜六九歳50.6%、七〇〜七九歳59.6%であったとの調査結果がある。

5 続発症

(一) 二次的病変

本件疾病を原疾患として二次的に起こる疾病又は状態として、肺線維症、慢性肺性心、気管支拡張症、自然気胸、気管支喘息発作が基盤となった流産、ヘルニア、慢性肺気腫や慢性気管支炎に関連した消化性潰瘍等がある。

(二) 関連病変

本件疾病の治療又は検査に関連した疾病又は状態として、長期間ステロイドホルモンを用いて発生又は悪化した消化性潰瘍等、治療のため長期間抗生物質を連用したときに起こったビタミン欠乏症、血液疾患、肝障害、腎障害等がある。

三公健法による認定について。

〈書証番号略〉及び白髭克也の証言によれば、次の事実が認められる。

1 公健法の概要等

(一) 倉敷市特定気道疾病患者医療費給付条例(昭和四七年八月施行、五四年九月一日廃止(八月新規認定打切り)、同五七年三月三一日給付打切り、以下「倉敷市条例」という。)は、特定気道疾病(①慢性気管支炎、②気管支喘息、③喘息性気管支炎及び④肺気腫並びにこれらの続発症)について、医療費の自己負担分を給付することにした。

(二) 公健法(昭和四九年九月一日施行、公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和四四年一二月一部、四五年二月全部施行、以下「救済法」という。)を廃止)

公害被害者を迅速に救済するために、昭和四九年九月一日に施行され、①政令で定める地域(指定地域)において、②政令で定める疾病(指定疾病)にかかり、③政令で定める期間指定地域に居住、通勤していた(暴露要件)者に対し、医療費、障害補償費、児童補償手当、遺族補償費(同一時金)、療養手当、葬祭料を支給し、公害保健福祉事業を行う(公健法一条、三条)旨定めた。

(三) 指定地域

(1) 事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ、その影響による疾病が多発している地域(ただし、大気汚染との関係が一般的に明らかであり、かつ、当該物質によらなければかかることのない疾病(特異的疾患)を除く。)である(二条)。

(2) 昭和五〇年一二月一九日、岡山県の区域のうち、倉敷市の一部が第一種地域に定められた(公健法二条、政令一条(昭和六二年政令三六八号による改正前、以下同)別表第一の三三)。指定地域の範囲は、添付(1)のとおりである。

右地域指定は、昭和六三年三月一日廃止された(昭和六二年政令三六八号)。

(四) 指定疾病

地域の指定にあわせて指定された疾病は、①慢性気管支炎、②気管支喘息、③喘息性気管支炎及び④肺気腫、並びにこれらの続発症(同別表)である。

ア これらは、救済法が採用したものをそのまま踏襲した。救済法制定の時点で、昭和四四年度厚生省委託により、公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会は、右病名を採用するのが適当であるとした。右委員会の報告によれば、病名選択の根拠は、WHOの、慢性非特異性肺疾患を参考として採用したもので、喘息性気管支炎については、本邦で臨床的に広く慣用されているため加えられた。非特異的疾患(原因は大気汚染に限定されない。)であるため、特定の個人を大気汚染によるものとそうでないものとを判然と鑑別することは、現在全く困難であるので、居住歴、病歴等により総合判定することになるとしている。

イ 給付額を定める基準とする心身の状態に関する障害度の評価基準等(公健法二六条一項、令一〇条、告示四七号(障害補償費)、三九条一項、令二〇条、告示四七号(児童補償手当)、公健法四〇条、令二二条、二三条(療養手当)は、添付(53)のとおりであり、右評価基準表の項目、用語については添付(55)のとおりである。右基準を定めるについては、本件疾病が、いずれも呼吸器疾患であり、類似した症状、検査所見を示すことが多いことから、本件疾病全部に共通のものとした。

(五) 暴露要件

指定地域に居住又は通勤していた期間をいう。居住については、慢性気管支炎及びその続発症で連続して二年以上、気管支喘息及び喘息性気管支炎並びにその続発症で連続して一年以上、肺気腫及びその続発症で連続して三年以上を原則とし、通勤については、それぞれ五割増の三年、一年六か月、四年六か月以上である。

(六) 障害補償費支給の障害の程度、基準

添付(52)、(53)のとおりである。

(七) 認定手続

添付(54)のとおりである。

(八) 給付の内容

(1) 療養の給付及び療養費

認定患者の指定疾病について、公害医療機関で現物給付として行うことを原則とし、それが困難であるときには療養費が支給される。

(2) 障害補償費

認定患者(一五歳以上)の障害の程度に応じて、毎月継続して支給される。障害補償標準給付基礎月額(非課税)の給付水準は、全労働者の性別、年齢階層別の平均賃金(税込み)の八〇パーセントである。基礎月額は、毎年労働者の賃金水準の上昇にあわせて改定される。なお、特級の場合は介護加算がある。政令によって定められた障害の程度の基準は、添付(52)、(53)のとおりであり、日常生活の困難及び労働能力の喪失度に基づいて定められている。

(3) 遺族補償費

認定患者が指定疾病に起因して死亡したときに、一定の範囲の遺族に対して一定期間を限度として支給される。

(4) 遺族補償一時金

遺族補償費の受給資格を有するものがいない場合に、一定の者に支給される。

(5) 児童補償手当

児童(一五歳未満)が指定疾病によって一定の障害の状態にある場合に、その児童を養育している者に対して、その障害の程度に応じて支給される。特級の場合は介護加算がある。日常生活の困難度に基づいて定められている。

(6) 療養手当

指定疾病について療養を受けており、かつ、その病状が一定の程度であるときは、通院費や身廻り品に必要な費用として、その病状の程度に応じた額が支給される。

(7) 葬祭料

認定患者が指定疾病に起因して死亡したときに、その葬祭を行うものに対して支給される。

2 原告らに対する認定

(一) 水島地区は、昭和五〇年一二月一九日、第一種地域(公健法二条)に定められた。右指定は、昭和六三年三月一日に解除された。

(二) 認定の状況

平成元年一〇月における認定患者数は二八六六名(うち特級〇、一級五九名、二級六一九名、三級二一四九名、級外三九名)であり、慢性気管支炎患者が五〇%以上(全国平均一七%)と非常に多い反面、気管支喘息は約四〇%(全国平均七八%)と他地域に比べ少ない。

(三) 原告らに対する認定状況は、後記四(個別的被害状況)のとおりである。

(四) 〈書証番号略〉、橋本道夫の証言によれば、公健法は、患者の簡易迅速な救済という行政目的の実現のために、指定地域、暴露要件、指定疾病を、制度的に割り切って定型化、画一化して法制化したものであること、したがって、大気汚染との因果関係について、必ずしも医学的に解明されていない部分について、一定の症状を基に補償給付等を行う制度であることが認められる。

他方、本件で提出された証拠及び弁論の全趣旨によれば、大気汚染と人体の健康被害との因果関係については、いまだ量(質)―反応について定説がなく、近い将来解明される可能性について、定かでないことが認められる。

原告らは前示のとおり、主治医と認定審査会の二重のチェックを受けて公健法上の認定患者となっているから、右事実は原告らが本件疾病に罹患していることの重要な間接事実とはなるが、公健法による認定がされたからといって、それだけで本件疾病にかかっているとはいえないことは被告らのいうとおりである。

したがって、原告らは、本件疾病に罹患した事実を立証しなくてはならないが、医学的に因果関係があると断定されないからといって、それだけで、指定疾病にかかったことについて証明がないとはいえない。

四個別的被害状況について。

原告らの生(死亡者については没)年月日、居住歴、職業歴、公健法(又は倉敷市条例)認定、病気の経過、死因(死亡者について)、喫煙等その原告に特有な事項は、次のとおりである(各原告の冒頭は原告番号)。

原告らの身体、病気に関する症状、検査結果の推移は、各原告について、原告経年推移表(〈書証番号略〉、以下「推移表」という。)のとおりである(推移表の症状欄の①〜⑤は、公健法認定手続において、主治医が倉敷市長宛に提出する「公害被害者認定患者主治医診断報告書(新規・見直し用)」に記載する症状及び管理区分についての所見(添付(56)、以下「症状所見」という)である。)。

なお、各原告の病因(死因)については、各原告について、特に説示しない限り後記因果関係のところで説示するとおり、水島地域の大気汚染によって生じたものと認められる。

1 亡高橋三治

(一) 〈書証番号略〉及び原告高橋ミテ本人尋問の結果によれば、亡高橋の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四1(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

(1) 〈書証番号略〉、長野準の証言、梅田博道の証言によれば、慢性気管支炎は、肺気腫ともに、たばこ病とも呼ばれ、喫煙(特に長期)は、右疾病の重要な要素であることは、医学関係者の間で周知といってよい程のものであること、喫煙による人体への影響については、個人の感受性、量、期間、方法などによって異なるため、一概に基準を示す段階には、今日の医学は至ってはいないが、たばこの煙の窒素酸化物の濃度は、数百〜千数百ppmであり、アメリカでの公的な報告中には、同国における慢性気管支炎にかかった者の八〇〜九〇%は紙巻きたばこによるとしているものがあること、亡高橋は、昭和一八年ころ〜同五〇年ころの間、一日一〇本くらい喫煙していたことが認められる。

(2) 右証拠によれば、亡高橋の症状には、ある程度喫煙が寄与しているとみるべきである。

(三) 症状の程度について。

前示認定の事実、〈書証番号略〉によれば、亡高橋は、生前、本件訴訟の原告団長をするなど、比較的元気に活動していたこと、通院頻度は、ほぼ一週間に一度程度であったこと、入院は、肺癌に対応するものであったこと、亡高橋は、公健法認定時六二歳であったが、六〇歳以上の八二%は慢性気管支炎であるとする調査結果があることが認められる。

(四) 死因について。

〈書証番号略〉によれば、亡高橋の公的な死亡診断書及び公健法認定死亡患者主治医診断報告書には、死因は、肺癌、慢性気管支炎に起因する呼吸不全である旨記載されていること、〈書証番号略〉によれば、亡高橋に関する公健法の遺族補償費支給について、死亡が指定疾病に起因する場合であり、他の原因も有力な死亡原因となっている場合で、指定疾病の死亡に対する寄与の比重が他原因の比重より大きいと考えられる場合に該当しない場合として、給付率を五〇%と認定されたことが認められる。なお、亡高橋の肺癌の手術適応については、医師の間で、発見が遅れた又は患部が手術困難な部位であったためではないかという見解と、大気汚染の影響で肺機能が低下していたためであるとする見解があるが、いずれか(又は双方ともか)は、証拠上不明である。

これらを総合すると、亡高橋の死因には、(直接または密接に)慢性気管支炎と肺癌がかかわったというべきであり、その寄与の割合は各五〇%と認めるのが相当である。

3 井上喜代子

(一) 〈書証番号略〉及び原告井上本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四3(一)〜(五))であることを認めるれる。

(二) 症状の程度について。

前示証拠によれば、原告井上は、昭和四三年ころから、咳痰、喀痰が出るようになり体動時息切れ、喘鳴等がみられたこと、昭和四四年には、発熱し、肺炎類似の症状が現れたこと、これらは、臨床的にみて、急性気管支炎の繰り返しによる症状でもあること、昭和三一年ころから糖尿病にかかり、定期的に投薬を受け、同六三年には、糖尿病に起因する白内障の手術を受けたこと、昭和五九年ころからは、健康のために一日三〇分は歩くように医師に言われ、しばしば通院しているが、治療は吸入が主で、医師の診察を受けるのは一か月に一回程度であることが認められる。

(三) 急性気管支炎又は誤嚥性の気管支炎について。

〈書証番号略〉、長野準、梅田博道の証言、原告井上本人尋問の結果によれば、急性気管支炎(いわゆる感冒)は、病因はウイルスで、一〇〇種類以上のものが分かっていること、症状は、発熱、筋肉痛、関節痛等の全身症状を伴う咳嗽、喀痰であること、慢性気管支炎と類似するが、病因、病態、経過、予後が異なる別個の疾病とされていること、急性気管支炎を繰り返すことによって、慢性気管支炎に進展することはないとされていること、症例検討議事録(被告らの依頼により、梅田博道ほか日本胸部呼吸器学会の代表的専門家九名が、原告らの症状について討議した結果の録音を反訳したもの。検討の資料には、症例の概要、経年推移表、使用薬剤一覧表、検査内容一覧表、診断書、原告本人等の尋問調書、陳述録取書、公害診療報酬明細書、レントゲン写真を用い、所要時間は一人一〇〜四〇分くらいであった。以下「症例検討」という。)では、原告井上は急性気管支炎の繰り返しの可能性が強いことを指摘していること、同原告は、熱がでる前に咳や痰が出たり、声帯がさびついたような感じがすると供述するが、それが上気道の炎症であれば、下気道炎症を伴う慢性気管支炎ではない可能性があること、症状が落ち着いている時期があるが、それを中断とみれば、慢性とはいえないこと、投薬が、鎮咳剤中心で、みる医師によっては、急性気管支炎を考える投薬態様であること、老人の患者のように嚥下機能が弱っている場合には、誤嚥性の細気管支炎の可能性も一般的にはありうることが認められる。

他方、急性気管支炎類似の症状は、慢性気管支炎の憎悪でもみられるなど、両者の症状等には類似した部分があり、その鑑別は必ずしも容易ではない場合があると認められること、症例検討の見解は、診断結果の正確性について、原告らを診察した結果によるものではいなことによる制約をある程度見込んで判断するべきであり、特に、症状が重なったり類似である複数の病名が考えられる場合に、敢えて特定の病名に限定する見解を、直ちに病名特定の証拠として採用することは必ずしも適当でない場合があると考えられることなどを考慮すると、同原告の症状が急性気管支炎によるものか、慢性気管支炎によるものかは、証拠上決しがたいとみるべきである。しかし、前示証拠によれば、同原告の右症状は、大気汚染によって生じうるものであること、同原告の発症は、水島地域の大気汚染の激しい昭和四三、四年ころであったことからみると、同原告の症状は、慢性気管支炎として扱うことは差し支えないというべきである。

(四) 気管支拡張症について。

前示症例検討、〈書証番号略〉、梅田博道の証言、原告井上本人尋問の結果によれば、気管支拡張症は、気管支の不可逆的な限局性の拡張状態であり、持続性の咳、痰があり、痰は多量かつ膿性で、約五〇%の症例で血痰、喀血がみられること、気管支の拡張した部分に細菌が付着して感染、炎症を起こすことがあること、幼少時の肺炎、気管支炎等の既往症のある場合が多く、肺結核の治癒後にみられる続発症である場合があること、原告井上のX線写真には、横隔膜の癒着と気管支拡張症を疑わせる影があるとの医師の所見があること、右原告は、かつて肺炎にかかったことがあること、他方、慢性気管支炎で気管支拡張が現れる場合があること(初診の段階でどの程度識別に注意を払ったか、カルテが提出されていないので定かでない。)、もともと気管支拡張症と慢性気管支炎は、一見して区別することは難しい場合があることが認められる。

そうすると、原告井上が、気管支拡張症にかかっていなかったと断定できるわけではないが、右かかっていたのではないかという疑いによって、前示原告の症状が、大気汚染によることを否定するには至らないというべきである。

5 伊藤ハツエ

(一) 〈書証番号略〉、原告伊藤本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四5(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

〈書証番号略〉、長野準、梅田博道の証言及び原告伊藤本人尋問の結果によれば、気管支喘息の原因の相当部分をアレルギーが占めること、アレルギーは、その作用の違いからⅠ〜Ⅳ型に分類されるが、Ⅰ型アレルギーを成因とする気管支喘息がアトピー型(体質的にIgE抗体(人体が抗原(アレルゲン)と呼ぶ異物にさらされると産生する。抗原との間で抗原抗体反応を起こし、細胞から化学伝達物質を遊離させる。その化学物質の作用によってアレルギー反応が起こり、それが気道に発症すると気道の閉塞性変化を生じて喘息が生じる。鼻アレルギー、アトピー性皮膚炎など、発症する体の部位によっていろいろある。)を作りやすく、アレルギー疾患を起こしやすい素因)であること、アレルゲンは、花粉、真菌、室内塵(ハウスダスト)、食物など多種多様であること、素因は遺伝性のものであり得ること、検査方法としては、皮膚テスト(皮膚にアレルゲンをたらしたり注射したりして反応をみる。)、RISTまたはRAST法(前者は血中の総IgE値を測定する検査方法であり、後者はその患者のアレルギー反応に関連する特定のIgE値(特定のアレルゲンに対応する特異的IgE)を測定する検査方法である。)、血中又は痰中の好酸球値測定(白血球の一種である好酸球は、アレルギーがあると増加する。好酸球の増多が気道炎症を生じさせることがある。値が高いときはアレルギーの疑いがある。正常値は、血中で約五%以下、痰中では正常であれば、ほとんど出ないといわれている。多数回検査した中で一回でも高値であれば、アレルギーを疑うことはできる。)などがあること、原告伊藤の推移表には、同原告の血中好酸球値(血液検査、Eo欄)は最高値二三(二三%の趣旨)、痰中好酸球値(検痰、エオジン細胞欄)は最高値八〇%と記載されていること、同原告自身アレルギー検査の結果、反応がでたように記憶していること、他方、好酸球とアレルギーとの関係は必ずしも必然的なものではなく、好酸球値のみでは判断しがたいとする専門家の見解が少なからずあり、好酸球値によるアレルギー判断の正確性については、一般的に必ずしも定まっていないことが認められる。

右によれば、原告伊藤の症状には、アレルギーがかかわっているとは断定できない。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告伊藤本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五一年四月九日に給食会社に入ってから、同五九年に定年直前でやめるまで、週六日、午前五時から同九時まで、欠勤、遅刻、早退せずに働いていたこと、平成二年以降も倉敷公害センターの掃除係として稼働していることが認められる(右に反する同原告の供述部分は採用しない。)。同原告の症状は、右程度のものであったとみるべきである。

6 岩知道弘夫

(一) 〈書証番号略〉及び原告岩知道本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四6(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 肺結核の後遺症について。

〈書証番号略〉、原告岩知道本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和四三年五月から同四五年一〇月ころまで、肺結核にかかり、国立療養所(早島)で入院治療を受けたこと、同原告のX線写真には、肺結核の後遺症が出ていることが認められる。

(三) 喫煙

〈書証番号略〉、原告岩知道本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五年ころから同四三年ころまで紙巻たばこを一日二〇本位喫煙していたことが認められる。

(四) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、原告岩知道本人尋問の結果によれば、同原告の指数(一秒量(最初の一秒間の努力性呼気量)と予測肺活量(%肺活量と一秒率をかけたもの)の比で、七〇%以下が三級相当)は七〇%前後であり、動脈血ガス組成(肺で行われるガス交換が正常に行われたか否かを示す。PaO2(酸素分圧)値は下限七〇mm/Hg以上が、PaUO2は四〇プラスマイナス五mm/Hgが正常とされる一応の目安となっている。)も正常であること、同原告に対する投薬は、咳、痰症状に対するものは現在トローチのみであり、その余は動脈硬化症に対するものであること、原告の症状は相当程度軽快していることが認められる。

7 亡小野貞一

(一) 〈書証番号略〉及び原告小野悦男本人尋問の結果によれば、亡小野の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四7(一)ないし(五))であることが認められる。ただし、(五)(2)初診の日は昭和四八年一一月、(五)(3)通院については、昭和四八年一一月からについて、本件疾病に関する期間とみるべきである。

(二) アレルギーについて。

(1) 推移表、〈書証番号略〉及び原告小野本人尋問の結果によれば、亡小野の痰中好酸球値は、六五、五〇%の時期があった(昭和五七、五八年)こと、協同病院は亡小野についてアレルゲンの探索(RAST検査)をしていたこと、主治医は、亡小野に対して絨毯を敷かないように注意していたこと、したがって、亡小野にはアレルギーを疑うべき症状、検査結果があったことが認められる。他方、好酸球値がアレルギーの有無を判断する資料として十分なものではないことは前示のとおりであり、アレルギーと疑わしい症状がでれば、検査をしたり、原因になる可能性を日常生活から排除するように指示するのは医師として当然であって、それをしたからといって、アレルギーであるとはいえない。亡小野の症状を、アレルギーによるものであると断定はできない。

(三) 気管支喘息について。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言によれば、次の事実が認められる。

気管支喘息とは、一般に、広汎な気道狭窄、可逆性、気道過敏症、咳、痰(他の心肺疾患によるものを除外)を徴表とすること、専門医の見解によれば、肺気腫は、呼吸細気管支以下の気腔の異常拡大、破壊を示すものであり、労作時の息切れ、喘鳴などの症状を呈すること、亡小野の初診時のころの主訴である喘鳴、呼吸困難は、気管支喘息の症状であること、肺気腫は、肺胞壁が破壊され、いったん生じた肺胞構造の破壊的変化は回復せず進行するが、亡小野は、息切れの訴えが一時強くなったが回復していること、X線写真は肺気腫を否定する所見であること、亡小野は、動脈血ガス組成のPaO2(酸素分圧)(高齢者で下限七〇mm/Hg以上くらいまでは正常とするのが一応の目安である。)がほぼ正常であり(68.4mm/Hg〜90.6mm/Hg)肺気腫等肺に異常があるとはいい難いこと、他方、慢性気管支炎の感染合併による憎悪期に、喘鳴呼吸困難が生じることはよくあるから、主訴が喘鳴呼吸困難であるからといって、慢性気管支炎でないとはいえないこと。残気率(最大呼出をしたときに肺内に残るガス量(残気量)の全肺気量に対する割合)が特に昭和五六年以降は高く、前示肺気腫研究会の基準(あまい基準三五%、きつい基準四五%)を満たすこと、動脈血ガス組成は、これのみでは、必ずしも呼吸状態の把握に十分なものではなく、総合検査の一部として有用なものであることが認められる。右認定事実と、肺気腫は、剖見的所見であって、それ以外の方法による診断は困難であるとみられていること、慢性気管支炎、気管支喘息及び肺気腫の症状は、しばしば重なり合うことは前示のとおりであることからみると、亡小野の症状は、気管支喘息の外慢性気管支炎又は肺気腫もあるとの診断を覆すほどのものはないとみるべきである。

(四) 症状の程度について。

亡小野の症状につき検査結果を主体にみると、前示のとおり、動脈血ガスPaO2は正常であったこと、推移表によれば、一秒率(最初の一秒間の努力性呼気の、全体の努力性肺活量(可能な限り吸い込んだ状態の呼気量)に対する割合、正常の目安は七〇%)は、昭和六三年に七一%であったこと(ただし、その前後を含めて全体として五〇%前後であった。)、〈書証番号略〉の一〇〇〇によれば、投薬は吸入ステロイドが主体である(比較的軽症の場合の投薬)こと、他方、残気率は、特に昭和五六年以降は、肺気腫研究会が肺気腫を疑う趣旨の基準としている数値に達している程度の症状であったことが認められる。

(五) 喫煙、骨折等

〈書証番号略〉、原告小野本人尋問の結果によれば、亡小野は、昭和二〇年以前から同五三年ころまで一日一〇本くらい喫煙していたこと、昭和五五年ころ、二階から転落して腰椎骨折の傷害を負ったこと、X線検査によれば、胸椎が二か所つぶれている所見があることが認められる。

(六) 死因について。

〈書証番号略〉、推移表及び原告小野本人尋問の結果によれば、亡小野について、公式の死亡診断書、主治医診断報告書には、肺炎、慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫を原因とする呼吸不全と記載されていること、公健法上は、死亡が指定疾病に起因する(他の原因も有力な死亡原因となっている場合とは認められない。)と認定されたこと、初診の日に比較的近いころ、前立腺癌の手術をし、死亡まで前立腺癌の治療を継続していたことが認められる。

右によれば、亡小野は、死亡時癌にかかっていたことが認められる。しかし、亡小野の死因が、前立腺癌を基礎疾患とする肺炎であったと認めるべき証拠まではない。したがって死亡起因率は一〇〇%と認める。

10 景山寿美子

(一) 〈書証番号略〉及び原告景山本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四10(一)ないし(五))であることが認められる(ただし、(五)(2)初診日は、昭和五二年ころ、(3)の通院は、昭和五二年からと認める。)。

(二) 急性気管支炎の繰り返しについて。

推移表、〈書証番号略〉及び梅田博道の証言によれば、原告景山は、初診のころから、咳、痰の症状を訴えていたこと、肺機能検査の結果は、指数は七〇%以上で、肺活量、動脈血ガス組成はそれぞれ肺機能の低下を示すものではないこと、他方、一秒率は、六五前後から七〇くらいであることが多いが、七一歳〜八二歳では、じん肺法による二次検査を要する限界値以下であったことが五回あったという程度の数値であったこと、右各数値は、症状の判断の材料のひとつではあるが、単独で、それのみをよりどころとして、病名、症状などを判断することは難しい性質のものであることが認められる。

これを、慢性気管支炎ではなく、単にいわゆる風邪引き(急性気管支炎)の繰り返しとみるかは、確かに微妙な問題である。しかし、慢性気管支炎と急性気管支炎との区別は、ケースによってさほど容易でないと認められることは、前示原告井上(原告番号3)について説示したとおりである。そして、右に共通な症状は、軽重の程度はともかく、大気汚染によって生じうるものであることは、前示のとおりである。

(三) 症状の程度について。

原告景山本人尋問の結果によれば、現在、症状は、月二〜三回夜中に痰がつまる程度で、毎朝乾布摩擦をし、月二回は謡曲のレッスンに通っていることが認められる。

11 笠原松子

(一) 〈書証番号略〉及び原告笠原本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四11(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる喘息性気管支炎(それに伴う過膨張又は老人肺)について。

(1) 推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言、原告笠原本人尋問の結果によれば、同原告は、アレルギー反応の有無のテスト(RAST)を何回も受けていること、アレルギーに対する減感作療法(原因アレルゲンに対して免疫的抵抗力をつける目的で微量のアレルゲンから徐々に濃度を増やして注射する。)を受けて一定の効果をあげていたことが認められる。したがって原告笠原は、何らかのアレルギーを有していたとみるべきである。

(2) 前示証拠によれば、原告笠原の胸部X線写真が示す肺の過膨張は、老人肺または気管支喘息に基づく過膨張であるかどうか明らかではない。

(3) 前示証拠によれば、原告笠原の動脈血ガス組成検査の結果、酸素分圧(PaO2、前示のとおり正常値の下限は七〇くらい)、炭酸ガス分圧(PaCO2、正常は四〇プラスマイナス五くらい)は、いずれもほぼ正常であること、呼吸抵抗(空気が気道内を出入りする際の呼吸器全体の摩擦抵抗)は、肺気腫といえるほど増大していないこと、フローボリュームカーブ(スパイロメーター(肺活量を測定する機器)に記録した努力性肺活量の曲線、肺に閉塞性の障害があるときは、このカーブの下降線がへこみ、裾をながく引いた型になる。)は典型的な肺気腫のパターンではないこと、他方、同原告が公健法により肺気腫と認定される直前の昭和五〇年六月一八日には、一秒率五四%(昭和五三年から平成二年まで四五〜六六%)、残気率四七%(同、四九〜六四%)であり、前示肺気腫研究会の「きつい基準」を満たしていること、同原告の昭和四七年のX線所見では、肺気腫の変化があるとみることができることが認められる。

右の事実と、前示の肺気腫は、剖見的所見をいうものであること、同原告の前示症状を勘案すると、原告笠原が肺気腫にかかっていたか否かは正確には定かではないものの、肺気腫であるとして扱うことは不当とはいえないというべきである。

(三) 症状の程度

〈書証番号略〉、原告笠原本人尋問の結果によれば、同原告の症状の悪化は昭和四八年ころから同五〇年ころまでで、昭和五〇年以降の通院日数は週一回程度であることが認められる。

13 兼信哲也

(一) 〈書証番号略〉、兼信智與子の証言及び原告哲也本人尋問の結果によれば、原告哲也の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四13(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーについて。

アレルギー一般については原告伊藤(原告番号5)について説示したとおりであり、前示証拠、〈書証番号略〉、長野準の証言によれば、小児の喘息の場合、アトピー型で特異抗原が明らかであるのが大半で、成人にみられる慢性の変化はほとんどなく、喘鳴、皮膚炎などを生後九か月〜五歳くらいに発症し(九〇%)、一二、三歳〜一六、七歳に治癒するのが七〇〜八〇%であること、原告哲也は、小学校に入る前からアレルギー検査で、ハウスダストとダニについて陽性であったこと、RAST検査、減感作療法をしており、総合するとアレルギー体質であったこと、同原告の症状は、アレルギーに起因する部分があったことは明らかである。

他方、原告の発症は、水島地域の大気汚染のころと一致しており、症状は、大気汚染による気管支喘息とみることができること、大気汚染は抗原抗体反応を促進させる作用があると指摘する見解があり、右病因に関する医家の間の見方に相違があること(右見解の相違は、症状に対するかかわり合いの程度に関するもので、現時点で、医学上、いずれか一方のみで説明がついているとは証拠上認めがたい。)などからみて、原告哲也の症状がすべてアレルギーによるものと断定はできない。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、兼信智與子の証言及び原告哲也本人尋問の結果によれば、同原告は、幼稚園から小学校低学年にかけて症状が激しくなり、昭和四八年ころが最大であったこと、その後改善され、昭和五八年から五九年にかけて症状所見の咳、痰の症状区分、管理区分が3から4に下げられて等級は三級になったこと、昭和五三年ころからは入院を要する発作はなかったこと、中学生時代は、欠席日数が減り、通院は年間一九日間くらいで、以後薬剤を飲んだり飲まなかったりし、昭和六三年には通院が四日となり、主治医はほとんど治療を要しないこと、現在、夜勤を含めて通常の勤務をし、月に一回の定期診断を受ける程度であることが認められる。

14 兼信美由紀

(一) 〈書証番号略〉、兼信智與子の証言及び原告美由紀本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四14(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーについて。

前示証拠、兼信智與子の証言及び原告美由紀本人尋問の結果によれば、原告美由紀は、アレルギー検査で、ハウスダストとダニについて陽性であり、幼少のころ湿疹があったこと、父の姉、兄(原告哲也)にアレルギーがあること、減感作療法をしていることが認められ、原告美由紀の症状には、同原告のアレルギーが関与していることが明らかである。

(三) 症状の程度について。

前示証拠、推移表、〈書証番号略〉によれば、原告美由紀は、小学生のころを過ぎて、息切れを訴えなくなり、症状は軽快に向かったこと、中学のときに発作がひどくなって一週間入院した以外は、中学生のときは病欠はなく、高校からは、診察は一か月一回くらいになったこと、高校生のときにアメリカで九か月間ホームステイをしたが、行き先で、最初の二か月は発作があったこと、昭和五五年に症状所見の喘息様発作の症状区分が2から3に、咳と痰区分が1から2に、昭和五六年には咳と痰の区分が2から3に、同六一年に息切れ、咳と痰の区分がいずれも3から4に下げられたが、等級は二級のままであること、現在でも、皆でさわいでいるとき、朝、夜中に発作があること、薬、吸入器を持ち歩き、最近は、自分で体をコントロールすることができ、無理をしなくなったこと、夜寝るときには、発作が起きないように、体の角度、枕などを調節していることが認められる。

15 金平石子

(一) 〈書証番号略〉、原告金平本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四15(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 中高年の内因型喘息について。

〈書証番号略〉によれば、原告金平の前示発症時の年齢(五〇代初め)、経過(風邪を引いた感じで咳や痰がでた後なかなか止まらない)は、一般に、感染を契機として発症し、四〇歳以上の中高年発症の例が多いといわれる感染型(又は内因型)の気管支喘息の症状に該当することが認められる。しかし、そのことは、右症状が大気汚染によるものである可能性を否定することに、直ちにはつながらない。

(三) 症状について。

前示証拠によれば、原告金平は、四八年ころから入院した同五一年ころに症状が悪化し、その後加齢とともに症状が悪化していること、昭和六〇、六一年の症状所見の喘息様発作及び息切れの症状区分はいずれも3であり、指数も五五以下であることが認められる。

(四) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告金平本人尋問の結果によれば、原告金平は、昭和一二年ころから同六二年ころまで一日数本喫煙していたことが認められる。

17 亡木村多加志

(一) 〈書証番号略〉、亡木村及び原告木村孝子の各本人尋問の結果によれば、亡木村の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四17(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

アレルギー一般については、原告伊藤(原告番号5)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉及び亡木村本人尋問の結果によれば、亡木村は、初診前から、夜明けから明け方にかけて咳や痰が激しくなり、時々夜中すわって息をしていたこと、右症状は、気管支喘息の症状に当てはまることが認められる(被告らは、亡木村の痰中の好酸球値が高いという。しかし、昭和五三年〜五九年の間に好酸球値が五%を超えたのは、昭和五七年(一五%)のみであるから、アレルギーであったとはいえない。)。しかし、右症状は、慢性気管支炎でも現れるものであることは前示のとおりであるから、慢性気管支炎の罹患を否定できない。

(三) 喫煙について。

喫煙と慢性気管支炎との関係一般については、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉、原告木村孝子本人尋問の結果によれば、亡木村は、昭和一四年ころから五二年ころまで一日一〇本くらい喫煙していたことが認められる。亡木村の症状には、右喫煙がかかわっていたとみるべきである。

(四) 死因について。

〈書証番号略〉、梅田博道の証言、原告木村孝子本人尋問の結果によれば、亡木村の公的な死亡診断書、公健法認定死亡患者主治医診断報告書には、死亡原因を、慢性気管支炎、肺気腫による急性心肺機能不全と記載してあること、公健法上の遺族補償費支給について、死亡が指定疾病に起因する場合であり、他の原因は有力な死亡原因となっている場合にはあたらないとして、給付率一〇〇%と認められたこと、昭和五三年〜五九年の一秒率三九〜四九%、残気率昭和五七年五二%、同五八年四九%は、肺気腫研究会の基準を満たすこと、指数(一秒量/予測肺活量、添付(53)参照、一級は三五以下)は、昭和五三年五二、同五四年二八、同五五年三二、同五六年三九、同五七年二八、同五八年三〇、同五九年二七であったこと、他方、症例検討では、肺気腫は、X線所見からは認められないとしていること(原告らは、肺膨張所見があるとする。このあたりは定かでない。)、亡木村のPaO2値は、最低で68.9で特に異常とまではいえないこと、昭和五九年に入って、便潜血性反応陽性、下痢持続し難治などの症状があり相当量の輸血が行われたこと、右につき協同病院で検査が行われたが、異常はなく、下痢症状も退院時には改善されたことが認められる。

右によれば、亡木村の死因には、肺及び呼吸器疾患以外の何らかの疾病がかかわっていたとは認められない。したがって、死亡起因率は一〇〇%と認める。

18 粂マサ子

(一) 〈書証番号略〉及び原告粂本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四18(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 急性気管支炎の繰り返し、慢性咽頭炎について。

〈書証番号略〉、原告粂本人尋問の結果によれば、同原告の症状は、当初、風邪を引いて咳き込み嗄声が止まらなくて困ったというものであったこと、これは、いわゆる風邪の繰り返しであり、急性気管支炎などの風邪症候群に伴う症状である咽頭炎による症状に当たることが認められる。

しかし、急性気管支炎と慢性気管支炎を症状の一部分によって鑑別することは困難であることは、前示原告井上(原告番号3)について説示したとおりである。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言によれば、同原告のPaO2は昭和五三年〜平成年の間、最少68.7、最大93.7であり異常値とはいえないこと、昭和五三年ころから、一か月の受診回数が四〜六回程度であること、昭和五三年に入院した直後のころの症状所見の管理区分は4であったこと、平成二年の入院は、気管支肺炎によるものであることが認められるなど、本件疾病の程度は相当程度軽症であったとみるべきである。

19 亡見持文志

(一) 〈書証番号略〉、原告見持操本人尋問の結果によれば、亡見持の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四19(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

推移表、〈書証番号略〉、原告見持操本人尋問の結果によれば、亡見持の喫煙の程度は、昭和九年以前から死亡まで、当初四、五本、後に増えて一〇本くらいの時期があったことが認められる。慢性気管支炎及び肺気腫の有力な原因のひとつとして、一般的に喫煙が考えられていることは、前示のとおりである(亡高橋(原告番号1)について説示)。亡見持の症状については、ある程度喫煙がかかわっているとみるべきである。

(三) 死因について。

〈書証番号略〉によれば、公的死亡診断書、公健法認定死亡患者主治医診断報告書には、亡見持の死因は慢性気管支炎、肺気腫、肺癌、肺炎に起因する心肺機能不全と記載されていること、亡見持に関する公健法の遺族補償費支給について、死亡が指定疾病に起因する場合であり、他の原因も有力な死亡原因となっている場合で、指定疾病の死亡に対する寄与の比重が他原因の比重より大きいと考えられる場合に該当しない場合として、給付率を五〇%と認定されたことが認められる。なお、亡見持の肺癌の手術適応については、医師の間で、小細胞癌の特性として、予後が悪く遠隔転移が起こるために手術ができなかったのであり、大気汚染で肺が弱っていたためではないという見解と、大気汚染の影響で肺機能が低下していたためであるとする見解があるが、いずれか(又は双方ともか)は、証拠上不明である。

右によれば、亡見持の死亡には肺癌が大きく寄与しており、慢性気管支炎又は肺気腫は、五〇%程度関わったとみるべきである。

20 合木茂二

(一) 〈書証番号略〉、原告合木本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四20(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アスピリン喘息について。

〈書証番号略〉、梅田博道の証言、原告合木本人尋問の結果によれば、アスピリン喘息は、成人の気管支喘息の約一〇%程度であること、原告は、アスピリン及びそれと同じ薬理作用をもつ酸性非ステロイド性抗炎症剤やタートラジン等の色素剤、パラベンなどの防腐剤とされ、アレルギーによらないものといわれており、中高年の発症が多いこと、機序は明らかでないが、発作誘発物質は、誘発テストによって特定することができ、原因を明らかにすることができること、同原告は、昭和五五年入院時の発作以前には喘息発作はなく、気管支喘息と診断されたのは、昭和五五年四月に入院して後のことであること、同原告は、昭和五五年四月に入院して骨折の手術を受け、同年五月二九日に突然大発作を起こしたこと、右発作の直後から、金療法(金の注射、重金属であるため副作用がでることがある。)をしていること、その後、アスピリン喘息の強い発作を起こしうるインドメサシン(鎮痛剤)、水溶性ハイドロコーン、水溶性プレトニン(ステロイド系であるが、いずれも防腐剤が入っている)を使用していること、昭和五九年以降は、インドメサシン使用は一回、水溶性ハイドロコーンの使用は間欠的になり、そのころから症状が軽快に向かっていることが認められる(なお原告らは、カルテによると、発作は夜間から明け方であり、強力な非ステロイド系解熱鎮痛剤を使用しているが、呼吸器症状の悪化、発作はでていないというが、カルテは提出されていないので何ともいえない。)。

右事実によれば、原告合木の症状は、アスピリン喘息に徴表される薬剤がある程度関与しているとみるべきである。

(三) アレルギーによる気管支喘息について。

推移表、〈書証番号略〉、原告合木本人尋問の結果によれば、同原告の血中好酸球値(昭和五六年〜平成二年)がやや高いこと(正常値は三程度、前示原告伊藤(原告番号5)について説示)、昭和五八年から減感作療法を受けていることが認められ、同原告はアレルギーであったことが認められる。

右事実によれば、同原告の発症には、ある程度アレルギーがかかわっているとみるべきである。

(四) 症状の程度について。

前示証拠によれば、原告合木は、昭和五六年六月には、喘息治療を誘因とする胃潰瘍を併発し、入院治療していること、五九年三月から入院し、潰瘍治療剤の大量投与、胃の一部の切除検査を受けていることが認められる。

(五) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告合木本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和三五年ころから同五五年ころまで一日二〇本くらい、その後は一日一〇本くらい喫煙していたことが認められる。

右によれば、原告の症状には、喫煙がある程度かかわっているとみるべきである。

21 近藤昇

(一) 〈書証番号略〉及び原告近藤昇本人尋問の結果(第一回)によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四21(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

〈書証番号略〉、原告近藤昇本人尋問の結果(第一回)によれば、同原告は、昭和二六年ころ〜四九年ころ一日二〇本、五五年ころ〜平成二年ころ、一日七、八本〜一〇本を吸い続けたことが認められる。慢性気管支炎と喫煙の関係については、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。同原告の症状には、相当程度喫煙がかかわっているとみるべきである。

(三) アレルギーについて。

推移表、〈書証番号略〉、原告近藤昇本人尋問の結果(第一回)によれば、同原告は、アレルゲン特定のための皮内反応検査の結果、三ないし四種類の物質について陽性を示していること、血中好酸球値がしばしば高いこと(痰中にもしばしば好酸球が顕出される。)アレルギー性鼻炎にかかっていること、実母も気管支喘息にかかっていること、抗アレルギー剤の投薬を多く受けていることが認められる。

右によれば、同原告の症状は、相当程度アレルギーがかかわっているものとみるべきである。

(四) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、原告近藤昇本人尋問の結果(第一回)によれば、原告近藤の指数は、昭和五三年〜平成二年、六〇〜七二%であること(二級に該当しない。添付(53))、PaO2値は、昭和五三年〜平成二年の最高82.5(昭和五六年)、最低58.4(昭和六一年、六〇未満は一回)、PaCO2は、昭和五三年三〇、五四年〜平成二年の最高45.5(昭和六二年)、最低35.6(昭和五七年)で、いずれも、特に異常というほどではないこと、昭和五九年末か六〇年の初めころ、慢性副鼻腔炎の手術をしていること、糖尿病、慢性肝炎、大腸炎などがあり、昭和四九年〜六三年に、他の疾病による入院が三一五日間あることが認められ、同原告の健康状態の悪化の原因は、本件疾病以外の疾病に起因する部分が相当程度あることが推認される。

22 亡近藤みさ子

(一) 〈書証番号略〉、原告近藤昇本人尋問の結果(第二回)によれば、亡みさ子の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過についてはその主張のとおり(第三の四22(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーについて。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言によれば、亡みさ子の長男である原告昇(原告番号21)はアレルギーを有していること、抗アレルギー剤が継続的に投与されていることが認められる。他方、血中の好酸球値は、昭和五三年〜五五年一、五六年〜平成二年は、四〜五であって、特に高いというほどではなく、これのみでは亡みさ子をアレルギーとは断定できず、他に特に亡みさ子をアレルギーとみるべき証拠はない。

(三) 気管支喘息について。

被告らは、慢性気管支炎とは、肺、気管支、上気道の限局的病巣によらないで起こる、慢性持続性(二冬連続的に少なくとも三か月間、ほとんど毎日)の痰を伴った咳を示すのであるが、亡みさ子には、このような持続性の咳痰症状がないから慢性気管支炎ではなく、亡みさ子の喘鳴、呼吸困難、咳は気管支喘息の症状であるという。しかし、〈書証番号略〉によれば、亡みさ子の右症状は、継続性があったとみることができ、慢性気管支炎と気管支喘息との症状による識別は困難な場合があること前示のとおりであるから、被告らの右主張によって、亡みさ子が慢性気管支炎ではなかったということはできない。

(四) 死因について。

推移表、〈書証番号略〉によれば、亡みさ子の公的な死亡診断書及び公健法認定死亡患者主治医診断報告書には、亡みさ子の死因について、気管支喘息、慢性気管支炎、肺気腫、肺炎に起因する心肺機能不全と記載されていること、公健法上の遺族補償費支給については、指定疾病以外の疾病による死亡原因はないとして扱われたこと、肺機能障害は長期にわたり不全であり、昭和六〇年一秒量四五〇ml、一秒率二九%、指数二二で、六一年からは、呼吸困難のために肺機能検査ができなくなったほどであったこと、他方、老人や手術後の患者で、咽頭部の神経反射が鈍化したり、食物の嚥下機能が障害さると、誤飲、誤嚥、または胃液の逆流、吸引によって肺が障害を受け、二次的に肺炎、嚥下性肺炎にかかることがあること、老人の死亡には必ずしも稀ではないことが認められる。しかし、前示の症状に照らし、右肺炎の原因に関する一般論によって、亡みさ子が誤嚥性肺炎であったと認めるべき証拠はない。したがって、死亡起因率は一〇〇%と認める。

23 齋藤光正

(一) 〈書証番号略〉、原告齋藤本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四23(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

〈書証番号略〉、原告齋藤本人尋問の結果によれば、原告齋藤は、昭和二三年〜五八年ころ、一日一〇本前後喫煙していたことが認められ、喫煙と慢性気管支炎とのかかわりについては、前示亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

右によれば、原告齋藤の症状に、ある程度喫煙が寄与していたとみるべきである。

(三) アレルギーについて。

〈書証番号略〉、原告齋藤本人尋問の結果によれば、原告齋藤は、アレルギー検査(RASTなど)を受けていること、検査の結果は、ハウスダストと解熱剤に対して陽性であり、昭和五八年に入院してから長期間抗アレルギー剤を使用していることが認められる。

右によれば、同原告にはアレルギーがあり、症状には、アレルギーに起因するものが相当程度あったものとみるべきである(原告らは、検査の結果アレルギー関与は否定された旨主張するが、カルテが提出されていないので認められない)。

(四) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉によれば、原告齋藤は、昭和六〇年に慢性気管支炎三級の認定を受けたころから症状が軽くなり、昭和六三年には、息切れを訴えなくなって、以後ほぼ横ばい状態であったこと、昭和六三年三月には肺癌の摘出手術を受けており、以後は、右に伴う症状が相当程度加わっていることが認められる。

24 篠原サキエ

(一) 〈書証番号略〉及び原告篠原本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四24(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 副鼻腔気管支拡張症について。

〈書証番号略〉、長野準、梅田博道の証言、原告篠原本人尋問の結果によれば、副鼻腔気管支拡張症は、気管支拡張症の一種であり、気管支拡張症と同様に多量の膿性痰、血痰、喀痰がみられることが多いこと、原因については、従来は、慢性副鼻腔炎によって鼻汁が気管支を下降し、感染、炎症が起きると考えられていたが、現在では、気道における素因的な粘液腺毛輸送系の異常であると考えられていること、原告篠原は、時々血痰を出していたこと、蓄膿症の既往歴があること、同原告のX線写真には、粒状影、輪状影、線状影が現れていることなどから、症例検討では、これは副鼻腔気管支拡張症であるとする見解が多かったこと、他方、慢性気管支炎でも血痰やX線写真上粒状影がみられたり、慢性気管支炎に副鼻腔炎が合併することはよくあることが認められる。

右によれば、同原告は、副鼻腔気管支拡張症である疑いがないわけではないが、慢性気管支炎であるとの診断が誤っているとはいえないというべきである。

25 亡嶋田知惠子

(一) 〈書証番号略〉及び原告黒崎美智子本人尋問の結果によれば、亡嶋田の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四25(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

推移表によれば、亡嶋田の喀痰中の好酸球値が昭和五四年に五%になった(他の年は問題にするほどの高値ではない。)こと、主治医が抗アレルギー薬を継続的に投与していることが認められる。亡嶋田には、多少アレルギーの気味があったのではないかという疑いはあるが、本件症状がアレルギーによるものであるという程には至らない。

(三) 高血圧、甲状腺機能亢進症、心臓疾患、腎臓疾患等及び死因について。

〈書証番号略〉、原告黒崎美智子本人尋問の結果によれば、亡嶋田は、診断当初から高血圧、心臓疾患(心肥大)があり、昭和六三年には、甲状腺機能促進症、腎不全(慢性腎不全)、ネフローゼ症候群があったこと、高血圧が長期間継続すると、原因疾患の如何を問わず、心血管病変が伸展し、脳、心、腎臓に重大な合併症を起こしうること、亡嶋田の一秒率は七〇%以上であり、動脈ガス血組成も概ね良好であること、亡嶋田は平成元年一二月に六一日間、同二年六月に二八日間、いずれも他疾病で入院していること、亡嶋田は、平成三年四月気分が悪くなって病院のベッドから転落し、その後に脳内出血を起こし、左片麻痺、嚥下障害をきたしたこと、同年五月肺炎、心不全を合併し、同年八月二日呼吸不全のため死亡したこと、公健法上の遺族給付は、指定疾病の死因に対する起因割合を七五%とみて支給していることが認められる。

右によれば、亡嶋田の健康被害に対する相当部分、死因に対する部分は、右指定疾病以外の(本件大気汚染との関係が認められない)疾病によるものとみるべきである。したがって、死亡起因率は〇と認める。

(四) 喫煙について。

推移表及び原告黒崎美智子本人尋問の結果によれば、亡嶋田は、昭和五四年ころ〜六三年ころまで、一日三本〜一〇本くらい喫煙していたことが認められる。

右によれば、亡嶋田の症状には、ある程度喫煙がかかわっていたとみるべきである。

26 菅生豊子

(一) 〈書証番号略〉及び原告菅生本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四26(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

〈書証番号略〉、原告菅生本人尋問の結果によれば、同原告は、アレルゲン皮内テストの結果、ハウスダストに対して陽性で、ハウスダストによる減感作療法をたびたび行うも効果は得られなかったこと、発疹がでてアレルギーだと医師に言われたことがあること、次男の息子が風邪を引くと喘息が出るといわれていることが認められる。

右によれば、同原告には、多少アレルギーの素因があり、ある程度、本件症状に影響を与えたと認められる。

(三) 症状の程度について。

前示証拠によれば、同原告は、昭和五六年に初めて入院したこと、平成三年の入院のころから自覚症状が快方に向かい始めたこと、平成三年二月以降脳動脈硬化症で入院治療中であり、ステロイド剤の投与はなくなったこと、しかし、現在も時折激しい発作が起こることが認められる。

27 瀧本利夫

(一) 〈書証番号略〉及び原告瀧本本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四27(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アスピリン喘息及びアレルギーによる気管支喘息について。

推移表、〈書証番号略〉、原告瀧本本人尋問の結果によれば、同原告は、アスピリン喘息の原因となるインテバンカプセル(内服用インドメサシン)とインドメシンコーワゲル(インドメサシンの外皮用剤)、ヴェノピリン(静注用アスピリン)、スルピリン、モビラート軟膏(アスピリン含有)の投与を受けていること、息を吐くときにヒューという音がして後は自分でもよく分からないがもがいていた(意識障害を伴う。)ほどのひどい発作が、急に発症したことがあったというが、それは、アスピリン喘息の症状といえること、そばを食べないように医師からは言われていたこと、昭和五二年に慢性気管支炎の認定を受けたころに、喘息様発作を起こしていたこと、息子が風邪を引くと喘息がでるといわれていること、抗アレルギー剤の投与を受けていること、喀啖中の好酸球値が高いこと、RASTの検査を頻繁にしていること、他方、一般にアスピリン喘息の原因になるといわれている、インテバン、ポンタール、スルピリンなど、様々な解熱鎮痛剤の使用後、ヴェノピリンの静注によって、発作は出ていないことが認められる。

右によれば、原告瀧本は、アスピリン喘息とは認められないが、ある程度アレルギーの素因があり、それが同原告の本件発症に寄与しているとみるべきである。

(三) 推移表及び原告瀧本本人尋問の結果によれば、PaO2は、特に低いということはないが、昭和六一年以降は正常といえること、他方同原告の一秒率や指数は低く、五〇㏄前後の喀啖があること、また同原告の自覚症状は激しく、時折、深夜呼吸がつまるほどであることが認められる。

(四) 喫煙について。

〈書証番号略〉によれば、原告瀧本は、昭和二五年ころ〜五〇年ころまで、紙巻きたばこで一日一〇〜一五本くらい喫煙していたことが認められる。

28 田中ハツエ

(一) 〈書証番号略〉及び原告田中ハツエ本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四28(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告田中ハツエ本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和一五年ころ〜六〇年ころ、一日数本喫煙していたことが認められる。

右は、原告の症状に相当程度寄与しているものとみるべきである。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉によれば、同原告の肺機能、動脈血ガス分圧は正常であり、他覚的所見は軽微であること、症状所見の症状及び管理区分は4又は5であるなど同原告の自覚症状も比較的軽いものであることが認められる。

29 椿山博之

(一) 〈書証番号略〉、椿山和子の証言及び原告博之本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四29(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アトピー性気管支喘息について。

アレルギー及びアトピー一般並びに小児喘息については、原告伊藤(原告番号5)、原告兼信哲也(原告番号13)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉、症例検討によれば、原告椿山は、血中好酸球値は昭和六一年ころまで高かったこと、痰中の好酸球値は昭和五三年に八〇%になったこと、アレルゲン検査でハウスダストが確認されて減感作療法を受けていること、症状は、皮膚症状、鼻炎を伴う典型的なアトピー型アレルギーの特徴を有していることが認められる。

他方、同原告の発症が水島地域の大気汚染の激しい時期と一致していること(被告らは、大気汚染の影響は、前居住地の福山市のものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)、同原告の症状は、右大気汚染によって生じると認められる症状と一致する部分があることからみて、アレルギーがすべてとはいい難いが、アレルギーによる部分が相当程度あるとみるべきである。

(三) 症状の程度について。

〈書証番号略〉、原告博之本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五八年ころから中学校への出席率が正常になり、就職後は、平成二年の発作の時を除けば目立った欠勤はないこと、他方、時折発作があり、簡易吸入器を携帯していることが認められる。

30 亡寺見豊子

(一) 〈書証番号略〉、斉藤勇の証言及び亡寺見本人尋問の結果によれば、亡寺見の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四30(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

アレルギー一般については、原告伊藤(原告番号5)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉、亡寺見本人尋問の結果によれば、亡寺見は、血中(昭和五四年)及び痰中(同五五、五六年)の好酸球が高い時期があったこと、RAST検査を度々受けていること、医師が、家の中をきれいにするようにと指示していたこと(ハウスダストに対応する指示である。)ことが認められる。

しかしながら、右事実のみでは、亡寺見の症状にアレルギーが関与しているとは認められない。

(三) 心疾患について。

推移表、〈書証番号略〉によれば、亡寺見に関する公健法に基づく遺族補償は、指定疾病による起因率は一〇〇%として支給されていること、他方、亡寺見の肺機能検査の結果は、一秒率や指数の軽度の低下はあるが、動脈血ガス組成は特に異常とはいえない(昭和五六年に一時的に悪化したことがある。)範囲であること、外来通院日数は、昭和五七年〜六二年は一か月四日〜五日であること、昭和五九年以降はステロイド剤(抗アレルギー、抗炎症)の持続投与はないこと、胸部X線写真では、心陰影が年とともに徐々に大きくなっていること、昭和六三年以降の心電図には、冠不全などの心疾患にみられる所見があり、心室性頻拍を繰り返し肺機能検査不能になったこと、心室性頻拍は、器質的心臓病に多く、致命的になることが多いこと、亡寺見は、平成元年二月〜三月に二三日、同年一〇月から平成二年一月に八六日、四月に八日、同年一〇月から平成三年一月五日(死亡)まで他疾病で入院していたことが認められる。

右によれば、亡寺見の症状及び死亡には、亡寺見の心疾患が相当程度かかわっていたものとみるべきである。したがって、死亡起因率は五〇%と認める。

(四) 喫煙

〈書証番号略〉、亡寺見本人尋問の結果によれば、亡寺見は、昭和一三年ころ〜五二年ころまで、一日一〇本くらい喫煙していたことが認められる。

31 土居輝子

(一) 〈書証番号略〉及び原告土居本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四31(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

〈書証番号略〉、梅田博道の証言及び原告土居本人尋問の結果によれば、同原告は、初診時から、喘息様呼吸困難発作、喘鳴などが継続し、季節の変わり目に症状が悪化したこと、昭和六二年及び平成二年度の公健法に基づく被害者認定更新請求書では、痰の症状を訴えていないこと、アレルギー皮内反応検査で陽性になったことがあることが認められる。

右によれば、同原告は、当初から気管支喘息にかかっていた可能性はある。しかし、慢性気管支炎の症状を有していたことは明らかであるから、右によって、慢性気管支炎を否定することにはならない。なお、〈書証番号略〉によれば、アレルギーについては、皮内検査は、アレルギーの有無の判断について、三〇%程度の確率であると医学上みられていることが認められ、同原告がアレルギーを有していることは、証拠上定かでない。

(三) 症状の程度

前示公健法に基づく健康被害の認定基準によれば、二級の指数は五五であること、推移表によれば、同原告は、二級認定後、指数が五五を上回ることはしばしばあり、動脈ガス組成は異常がないこと、平成二年まで一度も入院したことがなく、通院は、多いときで一か月四日程度であったことが認められる。

(四) 喫煙について。

原告土居本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和一〇年ころから一三年ころ(量は定かでない。)、昭和五七年に一日五、六本〜一〇本喫煙していたことが認められる。

32 德德員

(一) 〈書証番号略〉、德ツヤ子の証言によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四32(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

アレルギー一般については、前示原告(伊藤原告番号5)について、説示したとおりである。

推移表、德ツヤ子の証言によれば、原告德の好酸球値は、昭和五三年〜六三年の間の血中は六回五%を超え、痰中は五三年、五四年に五〇、八〇%、五九年一〇%であったこと、協同病院でアレルゲン検査を受け、犬の毛や絨毯が悪いといわれ、昭和四六年ころ、飼い犬を手放し、絨毯を撤去していることが認められる。

右によれば、同原告の症状には、アレルギーによるものが相当程度寄与しているとみるべきである。

(三) 心臓疾患について。

〈書証番号略〉、德ツヤ子の証言によれば、原告德は、昭和五三年ころから一貫して高血圧症、心電図に異常ありの指摘を受けていること、公害診療報酬の昭和五九年三月と六月に、高血圧、三月には二九日間特別食の、同六一年九月に心不全、三四日特別食、一二月に高血圧、五日間特別食の各記載があること、昭和六三年七月に脳卒中を起こしたことが認められる。

右によれば、原告德の健康状態の悪化には、相当程度心臓等の循環器の障害がかかわっているとみるべきである。

(四) 症状の程度について。

推移表、德ツヤ子の証言によれば、日常生活は、昭和四七年に夫婦で飲食店をはじめてから、同原告は配達の仕事をしていたこと、喘息発作、呼吸困難は断続的に持続していることが認められる。

(五) 喫煙について。

〈書証番号略〉德ツヤ子の証言によれば、同原告は、昭和二八年〜四八年に一日一〇本以上喫煙していたことが認められる。

33 長尾勇男

(一) 〈書証番号略〉及び原告長尾本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四33(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

喫煙と慢性気管支炎一般については、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉及び原告長尾本人尋問の結果によれば、原告長尾は、昭和二九年〜四五年に一日八〜一〇本くらい、四五年〜六三年に一日一、二本〜数本(昭和五五年ころに医師から指示されて禁煙したが、二年くらいで再開)喫煙していたことが認められる。

右によれば、原告長尾の症状には、ある程度同原告の喫煙がかかわっているとみるべきである。

(三) アレルギーについて。

推移表、〈書証番号略〉によれば、原告長尾の好酸球値は、昭和五三年〜平成三年の血中が多少高めの時があること、同痰中は、昭和五六年に五%(他の年はなし)であったこと、同原告は、抗アレルギー剤を継続的に投与されていること、時期的に五月〜六月が発作のピークであることが認められる。しかしながら、好酸球値はアレルギーの有無を判断する資料として十分でないことは前示のとおりであり、〈書証番号略〉によれば、抗アレルギー剤は気管支喘息一般に投与されることもあることが認められることからすると、同原告の右症状に、アレルギーが寄与していると断定出来ない。

(四) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、原告長尾本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五六年に気管支喘息と認定された後に入院したのは平成元年一一月に一回であること、公健法に基づく認定更新請求書の「急に息苦しくなる」に○印を付していないこと、発作の回数は年間一〇回くらい(時季々々に一か月に一回くらい)であること、主治医の診断書は、小発作の繰り返しであるとしていること、一秒率と動脈血ガス組成は良好であること、ステロイド剤(重症の喘息に投与)は投与されていないことが認められる。

34 中川真一

(一) 〈書証番号略〉及び原告中川本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四34(一)〜(五))であることが認められる。

なお、昭和四八年に左足骨折で入院し、それ以前から高血圧症がある。

(二) 喫煙について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告中川本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和一〇年〜二三年に一日数本、二四年〜五二年に一日十数本、五三年に数本(医師の指導で一時節煙)、五四年〜六〇年に一日一〇本前後、六一年〜六三年に一日二〜三本を喫煙していたことが認められる。

右によれば、同原告の症状には、相当程度喫煙がかかわっているとみるべきである。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、原告中川本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五五年以降の一秒率は五五%以下になっているが、動脈血ガス組成の酸素分圧は、昭和五三年〜平成三年に七五mm/Hg〜九五mmHgであり、年齢を勘案すれば、良好といえること、通院は、平成元年の二七〇日(ただし、同原告は否定する。真偽不明である。)を除けば、ほぼ週一回の定期通院であること、片道一キロメートルの協同病院にほとんど歩いて通勤し、列車とバスを利用して単独で成羽の保養所に出かけるなど、比較的元気に過ごしていることが認められる。

35 中西つる

(一) 〈書証番号略〉及び原告中西本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四35(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

推移表によれば、原告中西の血中好酸球値は、昭和六一年五、六二年八であることが認められる。

しかし、好酸球値は、アレルギーを疑う一つの資料にすぎないこと前示のとおりであり、同原告について、他に特段にアレルギーを疑うべき証拠はない。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告中西本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和四七、八年に長期入院したころ、公害患者友の会を結成して副会長になり、県外での公害反対運動に参加するなどの活動をしていたこと、昭和五〇年ころからは、同原告自身よくなったと自覚していたこと、その後、同原告が入院したのは、昭和五五年から五七年の一時期のみであること、昭和五九年以降の通院は、おおむね一か月四、五日であること、一秒率は昭和五三年五八%、五六年五五%以外は、昭和五四年〜平成二年の間六五%以上であること、動脈血ガス組成はほぼ正常であること、指数は、昭和五四年〜平成二年の間、五五以下は、昭和五三年(五四)と五六年(四三)のみであることが認められる。

(四) 原告中西の家庭の事情について。

〈書証番号略〉及び原告中西本人尋問の結果によれば、昭和四四年に同原告の夫が死亡し、その前後の看病や、以後昭和四八年ころまで、原告と養子夫婦との間で遺産相続等をめぐる争いが生じ、離縁したことなどが、同原告にとって一時的に心身の負担になっていたこと(同原告の長期入院が終了したときと右紛争解決時期がほぼ一致している。)、一般的に、心理的要素は、喘息症状増悪の原因となりうることが認められる。しかし、具体的に本件で増悪因子として認めうる程の証拠はない。

(五) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告中西本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和二二年ころから五四年ころまで一日五本位喫煙していたことが認められる。

36 成田智枝

(一) 〈書証番号略〉及び原告成田本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四36(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告成田本人尋問の結果によれば、同原告は、皮内反応検査の結果は陽性、RAST検査を何回も実施し、好酸球高値は、痰中が昭和五三年三五%、五五年九五%、五七年三五%で、極めて高値であること、減感作療法を受けていたことが認められる(原告らは、検査の結果アレルギーが否定されたと主張するが、右検査結果が提出されていないので認められない。)。

右によれば、同原告は、アレルギーであることが明らかであり、同原告の症状には、右アレルギーがある程度寄与しているとみるべきである。

(三) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告成田本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和三〇年〜六〇年に一日五、六本〜一〇本くらい喫煙していたことが認められる。

(四) 症状の程度について。

前示認定の事実及び証拠によれば、同原告の公健法の等級は昭和五四年一月に三級、同年一二月に二級となっているが、症状所見の咳と痰の症状区分が5から4になっている以外は、同原告の症状にさしたる変化はないこと、同原告は昭和四五年以降入院はなく(昭和五九年の入院は急性肺炎による)、通院日数も一か月四〜五日程度であることが認められる。

37 亡難波粂夫

(一) 〈書証番号略〉、原告難波嘉代子本人尋問の結果によれば、亡難波の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四37(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

喫煙と慢性気管支炎及び肺気腫との関係については、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉及び原告難波嘉代子本人尋問の結果によれば、亡難波は、昭和一四年ころから六三年ころまで一日二〇本前後の喫煙をしていたことが認められる。

右によれば、亡難波の症状には、相当程度喫煙が寄与しているとみるべきである。

(三) アレルギーについて。

〈書証番号略〉によれば、亡難波は、RAST検査を繰り返し、アレルギー剤の投与を受けていることが認められる。

しかし、亡難波にアレルギーがあるとまでは認めがたい。

(四) 死因について。

〈書証番号略〉によれば、亡難波に関する公的な死亡診断書及び公健法認定死亡患者主治医診断報告書には、亡難波の死因を、慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫を原因とする呼吸不全と記載されていること、同原告に対する公健法に基づく遺族補償費は、指定疾病の寄与割合を一〇〇%として支給したことが認められ、他に亡難波が指定疾病以外の原因で死亡したことを認めるべき証拠はない。したがって、死亡起因率は一〇〇%と認める。

(五) 症状の程度について。

原告難波嘉代子本人尋問の結果によれば、亡難波は、昭和五一年に協同病院に通院していたころは、少しずつ痰や咳が出る程度であったこと、昭和五五年に日本興油を定年退職するまでは、自転車で通勤し、時折風邪を引いて休む程度で、昭和五五年からは、患者の会の副会長をするなどしていたこと、発作が激しくなったのは昭和六〇年ころからであったことが認められる。

38 西原千恵子

(一) 〈書証番号略〉及び原告西原本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住暦、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四38(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アスペルギルスが原因となる、喘息を伴う好酸球性肺炎について。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言によれば、喘息性好酸球性肺炎(喘息性好酸球増多症ともいう。)は、アスペルギルス等のカビ類を原因とするアレルギーを原因として起こる肺炎である(好酸球性肺炎は、好酸球の増加を伴う一過性の肺浸潤(炎症)を起こす疾病であり、五型に分類されるが、そのうちの一つである。)こと、臨床症状は、咳、痰を伴うため、慢性気管支炎と間違われることがあるが、鑑別する所見は①X線写真において浸潤影(炎症像)がみられる、②血中、痰中の好酸球値が増加する、③発熱、喘鳴があり、その程度は変動することが認められること、原告西原は、咳、痰症状が激しくなった昭和六〇年と平成元年に、X線写真で浸潤影、血中好酸球の増加(一九%と六%)がみられること、昭和五八年ころの症状がおさまっていた時期(喘息様症状の症状区分が5から3)は、X線写真に浸潤影はないことが認められる。

右原告に対する所見は、同原告が、アスペルギルス性肺炎にかかっていた時期があったことを疑わせるものではあるが、他方この程度の資料では何ともいえないとする専門家の見解(症例検討における宮本昭正の発言)があり、右病名であると断定することはできない。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉によれば、症状所見に記載された症状区分は、昭和五七年までは呼吸困難と喘息様発作は5〜4、痰の量は4であったこと、同原告に対し、昭和五九年から平成元年五月まではステロイド剤はほとんど投与されていないこと、昭和六〇年には指数が五〇%になったが、六一年には指数が七八%に回復して三級になったこと、昭和六二年から二級になったが、指数は六七%であることが認められる。

39 西村輿惣

(一) 〈書証番号略〉、原告西村本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四39(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 気管支拡張症について。

気管支拡張症一般については、原告井上喜代子(原告番号3)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言によれば、原告西村は、昭和六三年以前は、膿粘性痰を三〇〜五〇ccから二〇〇cc喀出していたこと、血痰が昭和六二年三月ころから出始め、平成元年以降しばしば出るようになったこと、右症状は、気管支拡張症にみられるものであることが認められる。他方、右症状は慢性気管支炎でもみられ、慢性気管支炎と気管支拡張症との区別は必ずしも容易でないことは前示のとおりである。同原告が気管支拡張症にかかっているのではないかという疑いはあるが、それが同原告の前示症状のすべての原因であると認めるべき証拠はなく、同原告の症状が大気汚染を原因とするものであることを否定することにはならない。

(三) 症状の程度について。

推移表、原告西村本人尋問の結果によれば、原告西村は、昭和五三年〜平成二年において、一秒率は七〇%を超えていたこと、他方、指数は、昭和五三年〜五五年、五七年〜五九年、平成元年を除いては七〇%以下(公健法上慢性気管支炎三級該当)であること、症状所見記載の昭和五三年以降の咳、痰の症状区分は3(同慢性気管支炎二級該当)であったこと、同原告の昭和五九年及び六二年以降の通院日数は多くなっているが、いずれも他疾病で入院若しくは治療中で、その機会に治療を受けているもので、症状悪化によるものでないことが認められる。

(四) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告西村本人尋問の結果によれば、原告西村は、昭和二四年〜四〇年ころ一日二〇本くらい、五〇年〜六一年ころ一日一〇本弱喫煙していたことが認められる。

40 橋本岩乃

(一) 〈書証番号略〉及び原告橋本本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 気管支喘息の寛解について。

前示認定の事実、推移表、〈書証番号略〉及び原告橋本本人尋問の結果によれば、同原告は、現在、週一回程度の往診を受けて気管支拡張剤の投与を受けていること、他方、同原告は、昭和六一年と平成元年の公健法認定更新申請書に、咳、痰症状を記載していないこと、昭和六一年ころからの投薬は、胃腸薬が中心であること、昭和六二年以降、症状所見の咳、痰の症状区分は3から4になり、排痰もなくなったこと、息切れ(呼吸困難)の症状区分は2〜3であるが、同原告は昭和五三年以降高血圧症であり、右や加齢の影響も疑われること、同原告は昭和五九年の入院を除き、月一〜二回程度の通院であり、最近は重症発作もないこと、平成三年一一月(同原告本人尋問の期日)には同原告自身よくなったと自覚していることが認められる。

(三) アレルギーについて。

〈書証番号略〉及び原告橋本本人尋問の結果によれば、同原告は、アレルギー検査を受け、食物及びハウスダストについて生活上の注意を受けていることが認められる。しかし、右程度の検査及び注意は、必ずしもアレルギーがあることが前提とは限らないから、同原告にアレルギーがあるとはいえない。

(四) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告橋本本人尋問の結果によれば、同原告は、大正一五年ころ〜昭和五三年ころ一日一〇本くらい、五三年ころ〜六〇年ころ一日数本喫煙していたことが認められる。

41 長谷川綾子

(一) 〈書証番号略〉及び原告綾子本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四41(一)〜(五))であること、平成元年肺気腫の合併が明らかになったことが認められる。

(二) 喫煙について。

喫煙と慢性気管支炎のかかわりについては、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉及び原告綾子本人尋問の結果によれば、原告綾子は、昭和五年ころから五〇年以上一日に一〇本前後吸い続けたことが認められる。

右によれば、同原告の症状には、相当程度喫煙の寄与があるとみるべきである。

42 長谷川熊吉

(一) 〈書証番号略〉及び原告熊吉本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四42(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 慢性気管支炎であること及び疾状について。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言及び原告熊吉本人尋問の結果によれば、原告熊吉の昭和五三年〜平成二年の一秒率はほぼ六〇%前後であること(一秒率の正常値については、講学上七〇%といわれること、しかし、同原告の年齢からすると、六〇くらいでも異常としては扱わない場合もある。)、肺機能の低下の程度、有無は、総合診断によるほかはなく、これだけで原告が閉塞性の異常を起こしているとはいい難いこと、動脈血ガス組成のPaO2は、ほぼ八〇mm/Hg以上であること、昭和四九年ころに脊椎損傷の重症を負って動けない体になり(三年くらい水島第一病院に入院)、昭和五二年に協同病院で診察を受けて慢性気管支炎と診断されるまで、咳や痰で医師の診察を受けた形跡はないこと、同原告には昭和五四年ころから心肥大がみられ、昭和五八年ころから高血圧症であることが認められる。

右及び前示同原告の症状によれば、同原告は慢性気管支炎ではあるが、その症状の程度には、慢性気管支炎ばかりではなく、脊椎損傷の傷害を負って全身状態が悪化したことが寄与しているとみるべきである。

43 蜂谷紀子

(一) 〈書証番号略〉、原告蜂谷本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四43(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーについて。

推移表、〈書証番号略〉、原告蜂谷本人尋問の結果によれば、同原告は、皮内反応検査の結果ハウスダストについて陽性であること、RAST検査を何回も実施していること、血中好酸球値は総じて高く(血中は八〜三〇)、痰中好酸球値は、昭和五五年には六五%であること、抗アレルギー剤(インタール)の投与を継続的に受けていること、発作に季節性があり、特に九月が悪いこと、これらは同原告にアレルギーがあることを示していることが認められる。

したがって、同原告の症状には、相当程度アレルギーがかかわっているものとみるべきである。

なお、気管支喘息と慢性気管支炎の症状はしばしば重なり合うことは前示のとおりであり、証拠上慢性気管支炎の罹患を覆すものは認められない。

(三) 症状の程度について。

前示認定の事実、推移表によれば、同原告の一秒率は、五四年〜五七年は七〇%を超え、六二年(四四%)以外は、六〇%前後であること、PaO2は低くないこと、現在も三〇cc前後の濃粘性の喀啖があること、昭和五四年二月以降入院はなく、週一、二度程度の通院状況であることが認められる。

44 堀野アキ子

(一) 〈書証番号略〉及び原告堀野本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四44(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 急性気管支炎について。

急性気管支炎一般については、原告井上(原告番号3)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉、原告堀野本人尋問の結果によれば、同原告の自覚症状は、当初から咳が多かったこと、風邪を引くと悪化すること、投薬は咳に対応する薬剤が多く、その中の麻薬性鎮咳剤リン酸ジヒトロコデインは、一般に慢性気管支炎には投与しないという専門家の見解があること(難治化した咳、痰には用いて差し支えないという専門家の見解もあり(〈書証番号略〉)、証拠上いずれとも決しがたい。)など、同原告の症状等は、専門家がみて、急性気管支炎を思わせるものであったことが認められる。他方、急性気管支炎と慢性気管支炎との区別は、症状に重なる部分があり容易でない場合があることは、前示のとおりである。原告堀野について、少なくとも慢性気管支炎と判断することが誤りであるとはいえない。

(三) 症状の程度について。

推移表、原告堀野本人尋問の結果によれば、同原告の一秒率は、昭和五三年六七%、五四年六六%、五五年六七%、五六年六九%、五七〜平成元年七〇%以上、平成二年は六九%(右一秒率値では、正常、異常を判断し難いことは、前示原告長谷川熊吉(原告番号42)について説示したとおりである。)、指数は八〇(慢性気管支炎三級の基準(七〇以下)に当たらない。)、治療は、年間五〇日以内通院(週一回薬をもらうために通院)している程度であることが認められる。

45 松下菊子

(一) 〈書証番号略〉及び原告松下本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四45(一)〜(五))であることが認められる。

なお、被告らは、同原告の咳、痰症状が出始めたのは神戸市在住の昭和四年ころであると主張するが、証拠上認められない。

(二) 急性気管支炎について。

急性気管支炎一般については、原告井上(原告番号3)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉、原告松下本人尋問の結果によれば、同原告は、公健法認定更新申請書では、昭和五三年には、咳、痰、息切れ、動悸、喘鳴があったが、昭和六二年には痰を訴え、平成二年には右症状の記載はないが、同原告には鎮咳去痰剤が投与されていること、症状所見の咳と痰の症状区分(3)に変化がなく、咳、痰は長期間継続していると認められる。

他方、急性気管支炎と断定することができないことは、前示原告井上(原告番号3)、原告堀野(原告番号44)について説示したところと同様である。

(三) 症状の程度について。

前示認定の事実、推移表、〈書証番号略〉によれば、昭和五三年〜平成二年において、一秒率は、七〇%以上が四回、他は、平成元年(六三%)を除いて六五%以上であること、PaO2は、すべて七〇mm/Hg以上であること、同原告は昭和五四年以降高血圧症であり、五五年には心肥大がみられること、六二年九月の入院は気管支肺炎を合併したことによるものであり、通院日数は月一、二回程度であること、六三年六月〜平成元年二月、二年一月〜五月、三年三月〜五月の三回にわたり他疾病(高血圧症、脳動脈硬化症、大腿骨骨頭骨折)で入院していることが認められる。

46 三浦房子

(一) 〈書証番号略〉及び原告三浦本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四46(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 急性気管支炎について。

急性気管支炎一般については、原告井上(原告番号3)等について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉、原告三浦本人尋問の結果によれば、原告三浦は、喀痰からグラム陽性菌、陰性菌が常に検出されていること、上気道の感染を起こして抗菌剤の投与を受けていること、慢性の喉頭炎があること、昭和六二年及び平成二年の公健法に基づく認定更新申請書には痰の訴えが記載されていないこと、これらは専門家からみて、急性気管支炎の繰り返しという見方ができることが認められること、他方、断続的にせよ、咳、痰は、長期間継続していることが認められる。これらの事実と前示慢性気管支炎と急性気管支炎との区別について説示したところ等を勘案すると、同原告の症状を急性気管支炎繰り返しと断定することはできない。

(三) 症状の程度

推移表、〈書証番号略〉、原告三浦本人尋問の結果によれば、昭和五三年〜六一年において、症状所見の症状、管理区分ともに大半が4又は5であること、一秒率は、昭和六三年(六三%)、平成二年(六八%)を除いてすべて七〇%以上であること、同原告は、昭和五〇年の公健法に基づく認定を受けた後に通院が急増しているが、同原告自身右時点で症状が特に悪化したとは考えていないこと、公健法に基づく療養手当は、通院一か月四日以上の通院で支給され、一五日以上で増額される旨定められていること、同原告は、昭和四〇年代より腎臓が悪く、五五年以降慢性腎炎と診断されていることが認められる。

47 三木久男

(一) 〈書証番号略〉及び原告三木本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四47(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーについて。

推移表、〈書証番号略〉によれば同原告は、好酸球値は、血中で昭和五四年、六三年に五%を超え、痰中で昭和五四年八〇%、五五年四五%、五九年五〇%であること、RAST検査をしばしば受けていることが認められる。

右は、同原告がアレルギーではないかという疑いをもたせる所見であるが、他にアレルギーと断定すべき証拠はない。

(三) 喫煙について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告三木本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五年〜五六年に一日に一〇本、五九年〜平成二年に一日数本〜一〇本くらい喫煙をしていることが認められる(昭和五七、五八年ころ、医師の指導で一時禁煙したことがある。)。

(四) 症状の程度

推移表、〈書証番号略〉及び原告三木本人尋問の結果によれば、原告三木は、PaO2は、昭和五三年(66.2mm/Hg)、平成二年(69.7mm/Hg)を除いて七〇mm/Hg以上であること、一秒率は六一〜八八で、指数は五九年(五〇)、平成元年(五三)を除き五五以上(五五以下が二級相当)であること、昭和五七年ころから、リウマチ性関節炎にかかっており手の小指にリウマチの病変があること、しかしながらリウマチに関連した肺病変は見つかっていないことが認められる。

48 三宅榧夫

(一) 〈書証番号略〉及び三宅松惠の証言によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四48(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

喫煙と慢性気管支炎一般については、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉及び三宅松惠の証言によれば、原告榧夫は、昭和四年ころから六〇年以上の間、一日に一〇本(多いときには二〇本)前後吸い続けたことが認められる(昭和五七年に、胃潰瘍の手術をして医師に止められていたときがあった。)。

右によれば、同原告の症状には、相当程度喫煙が寄与しているとみるべきである。

(三) 症状の程度

前示認定の事実、推移表、三宅松惠の証言によれば、原告榧夫は、昭和五五年〜平成二年において、PaO2は昭和五八年(69.7mm/Hg)を除いて七四mmHg以上、一秒率は、平成元年(五八%)を除いて六〇%以上、指数は、昭和五九年、六二年、平成元年(各五六)であることが認められる。

(四) 他病について。

〈書証番号略〉、三宅松惠の証言によれば、原告榧夫は、昭和五五年以前から高血圧症であること、昭和五六年には胃潰瘍にかかり、五七年にその手術をし、同五八年には肝機能障害を起こしていることが認められる。

右は、原告榧夫の健康状態の悪化にある程度寄与しているとみるべきである(原告らは、同原告の続発症であるというが、これを認めるべき証拠がない。)。

49 亡三宅多久美

(一) 〈書証番号略〉、原告三宅カノエ本人尋問の結果によれば亡多久美の生(没)年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四49(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 気管支拡張症について。

気管支拡張症一般については、原告井上(原告番号3)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉によれば、亡多久美は、平成二年六月、七月には血痰、EFブロンコ、喀痰細胞等の気管支拡張症の検査を受けていること、血痰、喀血がみられること、これらは気管支拡張症を疑うことができる所見であることが認められる。

他方、慢性気管支炎でも血痰がでることはあるとの見解があり、咳、痰が継続的にみられること、気管支拡張症と慢性気管支炎の区別は必ずしも容易でない場合があることは前示のとおりであることからみると、証拠上いずれとも決し難い。少なくとも、右によって慢性気管支炎を否定することはできない。

(三) 喫煙について。

期間、量が不明である。

(四) 死因について。

〈書証番号略〉によれば、公健法に基づく遺族補償費(一時金)は、一〇〇%指定疾病に起因する取扱いで支給されたこと、他方、〈書証番号略〉によれば、原告多久美は、死亡直前の平成三年三月には喀痰にMRSA、緑膿菌を大量に排出していたこと、これは、院内感染を強く疑わせるものであることが認められる(原告らは、右の旨診療報酬明細書に記載したことは不正確で、正確には、大量に排出したのは緑膿菌のみであったというが、事柄の性質上採用しがたい。)。

右は、亡多久美の年齢を考慮すると、亡多久美が体力を消耗し、死亡する原因にある程度寄与したものとみるべきである。したがって死亡起因率は五〇%と認める。

なお、衰弱が原因で誤嚥性肺炎を起こしたことは、証拠上認められない。

(五) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告カノエ本人尋問の結果によれば、亡多久美は、終始三級相当の所見であったこと、昭和四九年一一月以降高血圧症の治療を受けていたこと、昭和五〇年以降道路にアスファルトを敷く仕事をしていたこと、昭和五五年五月から七月まで二回入院しているが、当時の咳、痰症状は比較的軽かったこと、通院は、特に症状が悪かったというより、毎月決まった時期に出掛けていた気味があったこと、気管支拡張剤、鎮咳剤、去痰剤の継続的な投与はなかったこと、昭和五五年〜平成二年において、動脈血ガス組成の酸素分圧は良好であること、他方、一秒率は五五%以下であることが認められる。

50 三宅樂三

(一) 〈書証番号略〉及び原告樂三本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四50(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

アレルギーと気管支喘息一般については、原告伊藤(原告番号5)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉及び原告樂三本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五九年ころから継続的にRAST検査を受けていること、痰中好酸球値が昭和五四年四〇%、五五年五%、五六年五%であること、症状に季節的変動があることが認められ、同原告にアレルギーがある可能性を疑わせるものがある。しかし、右程度で同原告にアレルギーがあるとはいえない。

(三) 高血圧症による心臓肥大について。

〈書証番号略〉及び原告樂三本人尋問の結果によれば、同原告は、高血圧、動脈硬化、心肥大があること、一般に、動脈硬化により進行する心不全は喘息に影響すること、同原告の自覚症状である、マラソンをしたときのように体を動かすと咳き込む、かがむと胸が苦しいなどは、心臓疾患にみられる症状であること、昭和五九年四月、六一年四月、平成二年四月の各入院時に気管支肺炎を併発していることが認められる。しかし、誤嚥性肺炎であると認める証拠はない。

右によれば、原告樂三の健康状態の低下には、同原告の高血圧、心疾患がある程度影響しているとみるべきである(原告らは、心臓エコーの結果機能は正常であった旨主張するが、検査結果の提出がないので認められない。)。

(四) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告樂三本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五年ころ〜五〇年ころに一日一〇本くらい、五五年ころ〜平成元年に一日数本喫煙していたことが認められる(医師の指導により一時禁煙した。)。

51 宮崎靖子

(一) 〈書証番号略〉及び原告宮崎本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四51(一)〜(五))であることが認められる。

(二) リウマチについて。

〈書証番号略〉、梅田博道の証言、原告宮崎本人尋問の結果によれば、慢性関節リウマチは、結合組織を侵襲する全身性疾患で、肺の結合組織に発症し、間質性肺炎等の肺疾患を起こすことがあること、病変が細気管内に生じた場合は、リウマチ性細気管支炎と呼ばれ、呼吸困難、咳嗽、喀痰、閉塞性換気障害を生じうるとされていること、同原告は、進行したリウマチが原因で起こりうる手指の変形があること、他方、一般に、リウマチ性細気管支炎は、胸部レントゲン検査の結果及び慢性の結節影又は網状結節性陰影を呈し、発病後一、二年で急速に悪化し、死亡するといわれていることが認められるが、右は同原告には当てはまらないことが認められ、同原告の症状がリウマチによって生じたものであることを認めるべき証拠はない。

(三) 慢性副鼻腔炎について。

原告宮崎本人尋問の結果によれば、原告はしばしば額からこめかみにかけて激しい頭痛及び吐き気を自覚し、これらは慢性副鼻腔炎による症状のひとつであることが認められる。しかし、右症状があるからといって、慢性副鼻腔炎であるとは限らないし、同原告が慢性副鼻腔炎であると認めるべき証拠はない。

52 物部美佐子

(一) 〈書証番号略〉及び原告物部本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四52(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる気管支喘息について。

アレルギーによる気管支喘息一般については、原告伊藤(原告番号5)等について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉及び原告物部本人尋問の結果によれば、原告物部の症状は、初診当時咳であったこと、同原告の好酸球値は、昭和五二年〜平成二年において、血中で六%以上が六回あること、痰中で二五〜八〇%が五回あること、RAST検査を度々受けていること、抗アレルギー剤が投与されていること、これらは、アレルギーによる気管支喘息にみられる所見であることが認められる。そうすると、同原告の症状に対しては、アレルギーがある程度寄与しているものとみるべきである。

他方、同原告の症状は、当初より二〇〜五〇ccの濃粘性の喀痰を伴うのもので、慢性気管支炎にもみられるものであり、両者の区別は容易でない場合があることは、前示のとおりであることからみて、慢性気管支炎に罹患していないとはいいがたい。

(三) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告物部本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和二四年ころ〜五六年ころに一日数本喫煙したことが認められる。

右は、原告の症状にある程度影響を与えたとみるべきである。

(四) 症状の程度

推移表、原告物部本人尋問の結果によれば、同原告の一秒率は昭和五三年〜平成二年まで六二〜七八、指数は五五以上、動脈血ガス組成のPaO2は八〇mm/Hgであること、三〇〜五〇ccの喀痰があり、依然として発作が継続していることが認められる。

53 森永晳夫

(一) 〈書証番号略〉及び原告森永本人尋問によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四53(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

〈書証番号略〉及び原告森永本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和二〇年ころ〜六二年ころに一日数本〜二〇本喫煙していたことが認められる。

(三) 肺気腫について。

推移表、〈書証番号略〉、梅田博道の証言によれば、肺気腫は、剖見的所見であること、肺気腫でも、喘鳴がみられるなど喘息様症状を伴うこと、血中の好酸球値の増加は、気管支喘息にみられる所見であること、気管支喘息と肺気腫は合併することもあることが認められるから、肺気腫の所見があるからといって、気管支喘息を否定することはできない。

(四) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉、原告森永本人尋問の結果によれば、同原告の一秒率、指数は非常に低下していること、昭和六〇年以降息切れの症状がひどくなり、調子の悪い時には、衣服の着脱や洗顔にも息切れがし、休まなければ五〇mも歩けない状態であることが認められる。

54 山本真知子

(一) 〈書証番号略〉、山本洋子の証言及び原告真知子本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四54(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギーによる小児気管支喘息について。

アレルギーによる気管支喘息一般については、原告伊藤(原告番号5)、同兼信哲也(原告番号13)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉、山本洋子の証言及び原告真知子本人尋問の結果によれば、同原告は、生後一か月くらいからしばしば咳が出て、三歳で喘息性気管支炎と診断され、七歳で気管支喘息と診断されたこと、血中好酸球値は、昭和五三年〜平成二年において、一〇%を超えたときが一〇回あったこと、アレルギー検査の結果、ハウスダストに対して陽性で、主治医から部屋に絨毯を敷かないように指導されたこと、抗アレルギー剤が投与されていること、昭和五九年に一〇歳で軽快していること、このころアレルギー性鼻炎を発症したこと、高校に入学してからは一年に一回の検査を除けば、ほとんど通院していないこと、叔父が気管支喘息であることが認められる。

右によれば、同原告にはアレルギーがあることが認められる。

他方、同原告の発症は、水島地域の大気汚染のころと一致しており、症状は、大気汚染による気管支喘息とみることができること、大気汚染は抗原抗体反応を促進させる作用があると指摘する見解があり、右病因に関する医家の間の見方に相違があること(右見解の相違は、症状に対するかかわり合いの程度に関するもので、現時点で、医学上、いずれか一方のみで説明がついているとは証拠上認めがたい。)などからみて、同原告の症状がすべてアレルギーによるものと断定はできない。

右によれば、同原告の症状には、相当程度同原告のアレルギーがかかわっているものとみるべきである。

(三) 症状の程度

前示認定の事実、山本洋子の証言及び原告真知子本人尋問の結果によれば、同原告は、小学校はほとんど欠席したことがなく、転居した昭和五九年以降は軽快し、高校生になってからは通院をしていないこと、原告自身症状に不安を抱いていないこと、投薬は継続しているものの、発作はほとんど起きていないことが認められる。

55 横内はたの

(一) 〈書証番号略〉及び原告横内本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四55(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 副鼻腔気管支拡張症について。

副鼻腔気管支拡張症一般については、原告篠原(原告番号24)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉、梅田博道の証言及び原告横内本人尋問の結果によれば、同原告は、朝起きたときに喉が蓋をされるようになる頭重感、眼の疼きを自覚しており、これらは副鼻腔炎にみられる症状であること、同原告の胸部X線写真を医家がみると、気管支拡張症の所見があり、原告は風邪を引きやすいと感じていること、これらは、副鼻腔気管支拡張症の症状であることが認められる。

右によれば、同原告は、副鼻腔気管支拡張症にかかっていることが疑われる。他方、同原告の症状は、慢性気管支炎の症状と重なる部分があり、慢性気管支炎と気管支拡張症との区別が容易でない場合があることは前示のとおりであるから、右をもって、同原告が慢性気管支炎にかかっていることを否定することにはならない。

なお、同原告の気道から下気道へかけて脆弱性であったとする専門家(梅田博道)の見解があるが、症例検討の方法によるものであり、右見解によって、慢性気管支炎であるとの認定を左右するには至らない。

(三) 居住地について。

前示認定の事実、〈書証番号略〉によれば、原告横内は、昭和四八年(発症当時)、指定外地域である倉敷市福井に居住していたが、右住所地は、指定地域から二〇〇mは離れていないことが認められる。右の程度では、本件大気汚染についての影響の有無を問題にするについて、指定地域で居住している場合と差異がないというべきである。

(四) 症状の程度

推移表によれば、同原告は、昭和五九年〜平成二年において、一秒率等肺機能、動脈血ガス組成等は特に異常が認められず、指数は七〇(三級)以下になったことはないことが認められる。

58 太田小夜子

(一) 〈書証番号略〉及び原告太田本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四58(一)〜(五))であることが認められる。

(二) アレルギー性気管支喘息について。

アレルギー性気管支喘息一般については、原告伊藤(原告番号5)について説示したとおりである。

推移表、〈書証番号略〉及び原告太田本人尋問の結果によれば、同原告は、初診のころには喘鳴を訴えていたこと、アレルギー皮内反応検査の結果は、ハウスダストに対して陽性であったこと、それに対する減感作療法を受けていたことが認められる。

右によれば、同原告にはアレルギーがあることが認められ(原告らは、検査の結果IgEは正常でアレルギーは否定されたと主張するが、検査結果が提出されないので認められない。)、右アレルギーは、同原告の症状に相当程度かかわっているとみるべきである。

また前示証拠によれば、同原告の症状は痰を伴った咳、呼吸困難であり、慢性気管支炎の症状を有していたことは明らかである。

(三) 症状の程度について。

推移表、〈書証番号略〉及び原告太田本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和五四年〜平成三年において、一秒率は常に七〇%以上であり、肺機能に異常を示す検査結果はないこと、喘息発作は三級の状態であること、通常の勤務をしていること、昭和五四年当時、喘息発作は殆どなく、平成二年二月以降は入院するような憎悪はなかったことが認められる。

59 田中美栄子

(一) 〈書証番号略〉及び原告田中美栄子本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四59(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 副鼻腔気管支拡張症について。

副鼻腔気管支拡張症一般については、原告篠原(原告番号24)等において説示したとおりである。

〈書証番号略〉及び原告田中美栄子本人尋問の結果によれば、同原告は、昭和四七、八年ころから鼻が悪くなり、耳鼻咽喉科医院に通院し、五九年に蓄膿症の手術を受け、現在通院中で後鼻漏があること、夜間鼻がつまりそうになる自覚症状があること、レントゲン検査の結果によれば、不規則線状影があり、右側の肺門影が下がっていること、痰中好酸球値が昭和五四年〜五八年において一〇〜六〇%であることが認められる。

右によれば、同原告は、副鼻腔気管支拡張症にみられる症状を呈していることが認められる。しかし、副鼻腔炎が慢性気管支炎に合併しやすいことは前示のとおりであり、右原告の症状が、すべて気管支拡張症によるものとはいえないことは他の原告について説示したとおりである。

(三) 症状の程度

前示認定の事実、推移表、〈書証番号略〉及び原告田中美栄子本人尋問の結果によれば、同原告は、検査結果の面からみると、肺機能に特に異常はなく、昭和五四年から平成元年まで入院していないこと、同年四月の入院は気管支肺炎によること、通院は一か月数回程度であったことが認められる。

60 藤原一郎

(一) 〈書証番号略〉及び原告藤原本人尋問の結果によれば、同原告の生年月日、居住歴、職業歴、公健法等認定、病気の経過については、その主張のとおり(第三の四60(一)〜(五))であることが認められる。

(二) 喫煙について。

喫煙と慢性気管支炎の関係については、亡高橋(原告番号1)について説示したとおりである。

〈書証番号略〉及び原告藤原本人尋問の結果によれば、同原告は昭和九、一〇年ころから昭和六〇年ころまで、一日に二〇〜三〇本喫煙していたことが認められる。

右によれば、同原告の症状には、相当程度喫煙がかかわっていたとみるべきである。

(三) 症状の程度について。

前示認定の事実、推移表、原告藤原本人尋問の結果によれば、同原告の一秒率は、昭和五四年〜平成二年において、昭和五四年(六六%)を除いて五〇%代であること、その他、検査結果にみる限り、特段の呼吸器障害はみられないこと、同原告は入院はなく、通院も月四回程度であること、カラオケが趣味で頻繁に歌っていることが認められる。

61 河野嘉子

後述のとおり、消滅時効が完成しているから、請求の内容について判断するまでもない。

第四因果関係

一医学的知見一般について。

1 大気汚染と本件疾病

大気汚染と本件疾病の関係については、前示第三の一及び二の病因について説示したとおりであり、二酸化硫黄及び二酸化窒素等による大気汚染は、濃度はともかくとして、本件疾病の病因になりうることが認められる。

ところで、本件疾病は、非特異的疾患であり、発病及び増悪の因子としては、大気汚染のほかにも内的因子として、加齢、性、人種、既往症等、外的因子として、喫煙、気候、職業的因子、感染等があり、特に大気汚染による本件疾病の発症、増悪等については、自然科学的、医学的メカニズムが十分に解明されているとはいえない。

しかし、訴訟上の因果関係の有無の立証は、後記のとおり、自然科学、医学、疫学等特定の学問、手段、方法によって立証されなければならないものではなく、経験則に照らして全証拠を検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる程度の高度の蓋然性を証明することで足りる(この点は、公害訴訟と通常の民事裁判とで異なるところはない。)というべきである。

2 大気汚染の健康影響に関する国際的経験則と本件の環境濃度

〈書証番号略〉、香川順の証言及び弁論の全趣旨によれば、大気汚染の健康に対する影響に関しては、被告らが主張するように、アメリカの環境基準、EPAガイズ、WHOガイズ等にみられる、専門家による国際的レベルでの各種調査、研究に基づく成果が公表されていること、水島地域の公表された大気汚染濃度測定結果は、右ガイズ等が示す基準値に比べて低値を示していることが認められる。他方、右ガイズ等に示された数値は、それぞれ設定された時代、設定者(機関)によって異なることが認められ、それ自体いまだ確立した基準が存在するとはいえないことを示している。被告らが主張するような、確立した国際的経験則等の定説があると認めるべき証拠はない(右ガイズ等の中で最も厳しい基準を採用すれば、人の健康に被害を与える可能性がないとさえいえない。)。更に、それが人種、居住環境が異なる日本人に当てはまることを示す証拠はない。右各種基準が我が国で適当であるか否かについては、不明であるというほかはない。したがって、水島地域の大気汚染濃度が、国際的経験則で安全とされている数値以下であるから、人の健康に被害を与えるはずがないという被告らの主張は採用できない。

二集団的観察について。

1 疫学

〈書証番号略〉及び香川順の証言によれば、疫学の一般的な概念及び方法等について、次のとおり認められる。

(一) 概念及び方法

(1) 疫学の概念

疫学は、集団における人の健康に関する因子を調べる学問である。ある疾病の疫学とは、一般に、集団における疾病の発病及び増悪に関する諸因子を調べ、それらの諸因子と疾病との関連を調べ、因果関係を検討し、発症及び増悪を引き起こす原因を探究する。

(2) 方法

研究の方法として、記載(述)疫学、分析疫学がある。

記載疫学は、ある疾病にかかった患者に共通にみられる特徴像を個々に分析し、疾病の自然史に原因的に関与していると思われる因子を検討し、それらの因子の疾病の自然史における関与に関する仮説を立てる。

分析疫学は、記載疫学から評価された因子の有無や程度別に集団を分け、集団間におけるそれらの因子の疾病への関与を観察し、関与の程度を探究する。研究の時点よりも過去に遡って探究するものを回顧法(後ろ向き研究又は履歴法)、将来にわたるものを将来法(前向き研究)、調査時点を一時点のみとするものを断面調査(横断調査)二時点以上にわたるものを経時的(縦断)調査という。将来法(経時的調査をする場合)で、例えば、当該因子の有無又は程度の異なった地域に居住する集団につき、交絡現象(ある因子と疾病の因子との関連を評価するとき、当該因子と同様の挙動を示す他の因子があり、両者の間に相関があって、他の因子も疾病の発病又は増悪に影響を及ぼす場合、他の因子は、当該因子と交絡しているという。)について検討しつつ疾病を将来にわたって追求し、研究者が被験者にある因子を与えたり与えなかったりする方法で行う研究を、実験疫学という。

(二) 疫学と因果関係

疫学調査結果から因果関係の評価を行うためには、調査から得られた結果から正しい結論が導き出されているかの検討が必要である。

疫学調査結果の因果関係の判断基準に関しては、幾つか提案されているが、絶対的なものはない。例えば、一九六四年にアメリカ健康教育福祉省が公表した「喫煙と健康」に関する報告書では、喫煙と疾病の因果関係を判断するために、五項目の判断基準(①関連の一致性:異なった条件下の調査でも同じような結果が得られること。②関連の強固性:例えば、相対危険度などで表され相対的危険度が大きければ大きいほど関連が強といえる。③関連の特異性:ある疾病には、必ずある要因が原因として相対する場合をいう。④時間的な関係:疾病の発症の前にある因子への暴露が先していること。⑤関連の整合性:生物学的妥当性ともいわれる。現在の知識で両者の関係が医学的に矛盾なく説明できること。)を用いている。

(三) 調査方法の標準化

大気汚染疫学の調査が妥当性と正確性を有するためには、暴露量や健康被害に関する調査方法が標準化されていなければならない。呼吸器の健康被害に関する標準化された調査方法として、従前、フレッチャーを委員長とする慢性気管支炎の病因に関するBMRC(英国医学研究協議会)による呼吸器症状に関する質問票(慢性気管支炎や関連疾患の有症率や有症率に関する研究を容易にするために作成。慢性気管支炎及び関連疾患の基本症状である咳及び痰、喘鳴、気管支炎の増悪、息切れの頻度又は程度、呼吸器疾患の既往症、喫煙、職業並びに居住歴を、面接者を介して質問する。朝の喀痰量や気道閉塞の程度を調べるために肺機能検査も行うようになっている。一九六〇年発表、一九六六年、一九七六年改定)が使用されていた。その後、一九七八年にアメリカ胸部疾患学会(ATS)は、ATS―DLD質問票(従前のものに、喘息、喫煙歴、職業歴、家族及び児童の呼吸疾患に関する質問項目を加え、成人用と児童用の二種類とし、自記式に適するように工夫されている。)を発表した。我が国では、BMRCの質問票が広く使用されてきたが、ATS―DLDの質問票、特にその児童用が出されて以来、我が国の実情にあったように一部改定したものを使用している。

(四) 疫学と本件

原告らが提出する、疫学に基づくという、大気汚染と健康被害との因果関係についての証拠に対し、被告らは、方法、調査ともに不適当、不正確で、疫学のレベルに達したものではなく、因果関係を証明する手段としての用途に耐えるものではないとの趣旨の主張をする。確かに、橋本道夫、前田和甫の証言及び後述2、3(調査事例)によれば、右各証拠は、要するに大量観察の結果、硫黄酸化物、窒素酸化物等による大気汚染と慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫等が発現する症状又はこれらによって発現すると一般的にいわれているものに類似する症状との間に関連があったというものであること、調査対象、範囲等には、各調査ごとに限られた制約があるから、その調査結果を必ずしも普遍化はできないこと、調査の性格上、個別原告らの症状と原因との因果関係に直接触れるものではないこと(大量観察は、それ自体、個をみるものではないし、調査票、アンケート、問診についてみれば、質問事項の記載の仕方、質問者の聞き方(受け取り方)は、調査目的、質問者の個性によって、同一の事項について異なり、それがニュアンスの相違程度のものである場合でも、質問に対する回答の内容が異なりうること、集計をまとめて統計化する作業をする時点で担当者の個性が反映することなどは、容易に推認できる。)が認められる。したがって、前示の証拠中にみられる、統計的有意性があるからといって、それだけで、原告らの健康被害と水島地域の大気汚染との間に因果関係を認めるには至らないとしても、他の証拠と総合して、判断する際の証拠の一つとして用いることについては何ら問題はない(その際、右証拠が一部地域における大量観察として、前示の制約を有するものであることに配慮することは、当然である。)。

本件においては、以下に説示するとおり、多数の調査結果が提出されている。右調査は、それぞれ、前示のような限界を有するものであるから、調査結果のみによって、大気汚染と個々の原告の健康被害との因果関係を認定できるわけではない。しかし、大量観察において、後記それぞれのところで示す大気汚染と健康被害の関係が現れたことは、個別的因果関係の存在を推認する根拠の一つになるというべきである。

2 岡山県及び倉敷市における調査事例について。

(一) 倉敷市調査

(1) 自覚症状調査(昭和四〇年〜四六年)

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

岡山大学公衆衛生学教室は、CMI(コーネル・メディカル・インディックス、アメリカで開発された質問調査のための調査項目を記載した調査票であり、世界的に利用率が高い。)から抽出した、眼・呼吸器を主とする二〇項目及び公害に関係があると考えた自覚症状一〇項目を加えて(項目数は年度により多少の移動はある。)問診による自覚症状の調査(以下「自覚症状調査」という。)をした。その結果、昭和四〇年度は、大気汚染に関係があると答えた項目のうち、眼及び上気道粘膜刺激症状は、第三福田小学校(呼松地区)、第一福田小学校(中畝地区)の順に高く、連南小学校(非汚染地区)では全く認められなかった。昭和四一年は、比較的汚染されていると思われる福田中学校が、他地区に比べて眼刺激症状と咽頭刺激症状の訴えが多く、同一人の福田中学の二、三年生の二年間を比較すると、四〇年度に比べて眼刺激症状に多少増加傾向がある。福田中学校では、眼刺激症状、咽頭刺激症状は、煙を原因とするものが多く、次いで臭いの影響を受けたものである。息苦しさ、頭痛、食欲不振、めまい等の神経症状には、臭いによる訴えが著しく、臭いの訴えの頻度を項目別の分類すると、ガソリン臭は、各中学とも有意性はなく、ガス臭、酢臭については、福田中学校の訴えが他地区を大きく上回っていた旨報告された。昭和四二年は、大気汚染に関係ありと答えた項目のうち、眼及び上気道粘膜刺激症状等は、福田中学校に多い傾向が認められ、煙による訴えは、眼と咽頭の刺激症状に、臭いによる訴えは、神経症状に比較的関係が深いことがわかった。昭和四三年は、大気汚染に関係ありと答えた項目のうち、眼及び上気道粘膜刺激症状等は、福田中学校二年生が、他の学校の同学年に比して多い傾向が認められた。昭和四四年は、中学校二年生のうち、自覚症状で、福田中学校に多い項目は、眼刺激症状(眼が痛んだり赤くなる。)、連島中学校では咽頭痛が三二%で前年度より一〇%増加した。昭和四五年は、水島中学校において、四三年度に比べ、四四年度には眼が痛んだり、喉がつまったりする症状が増加している。昭和四六年は、昭和四五年度に比べ、福田、水島中学校における眼痛、喉、頭痛が増加し、それらの訴えは、悪臭、ばい煙の訴えの多い福田、水島中学校に多いことが認められた。

なお、前示証拠によれば、自覚症状調査の項目は、自覚症状の有無であって、疾病の有無ではないことが認められる。しかし、疾病の有無、健康被害の有無を判断するために、自覚症状の有無を調べることは当然であるから、右調査の結果を本件で証拠として使用することは問題がない。また、調査項目中に被告らが主張するような選択肢があることは、誘導的な面がある質問に対するものであることを踏まえて回答を理解すれば足りることである。

(2) 受診率調査(昭和四三〜四五、四八〜五二年)

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

呼吸器疾患受診率調査(以下「受診率調査」という。)は、水島地域一〇か所と菅生地区の〇〜四歳、六〇歳以上の男女について、国民健康保健診療報酬請求書から呼吸器疾患として蓄膿症を除く気管支炎、感冒、喘息を選び、呼吸器疾患受診比として各地区の値を比較した。その結果、昭和四三年は、男女ともに呼吸器疾患受診率比の高いピークは、〇〜四歳男で三月の中畝、東塚、七月の菅生、〇〜四歳女では、四月の広江、一一月の菅生、六〇歳以上の男子では、二月に浦田、福田、北畝、古新田がやや高く、女子も同地区が多かった。昭和四四年は、呼吸器疾患では、全年齢層として、仮に定めた限界値六〇%以上を越える月は、宇野津、広江、松江、生坂の順である。〇〜四歳の患者が多い気管支炎では、二〇%以上を示す月は、広江、宇野津、松江、生坂の順に高く、年齢別では、宇野津は〇〜五九歳までの者が多く、広江、松江では六〇歳以上も存在する。喘息は、二〇%以上を示す月の多い地区は、広江、松江、生坂、宇野津の順である。感冒では、八〇%を示す月の多い地区は、宇野津、生坂、松江の順である。工場隣接区では一般に呼吸器疾患、その中でも気管支炎の受診率比が高いことが推定され、呼吸器疾患は冬季に多い傾向が認められる。昭和四五年は、工場隣接区である松江、広江、宇野津は、非工場隣接地にある生坂よる呼吸器疾患率が高いことが認められた。昭和四八、九年は、四五年度とほぼ同様である。昭和五〇年は、対象地区、対象者は前年と同じであるが、対象呼吸疾患を呼吸器に関するすべてと感冒、気管支炎、喘息にした結果、昭和四九年度に近い傾向がみられた。昭和五一、五二年は、いずれも男女合計の呼吸器受診率は、宇野津、松江、生坂、広江の順に、高い比率の月数が多い。

なお、受診率調査には、被告らが主張するような制約が認められる。しかし、そのような限界があるものとして利用すればよいのであって、調査結果を否定することはできない。

(3) CMI調査(昭和四四年〜五〇年)

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

CMIによる小学校別悪臭、健康調査(以下「CMI調査」という。)は、各小学校六年生を、亜硫酸ガスの多い地区順に、三地区に分けてCMIの各調査項目の分類を行い、その頻度を算出した。二酸化硫黄の濃度は、第一地区(第一福田小学校、第二福田小学校、第三福田小学校)、第二地区(柏島小学校、玉島南小学校、乙島東小学校)、第三地区(大高小学校、西阿知小学校、菅生小学校)の順に高く、呼吸器有訴につき、大気汚染濃度の高い第一地区が最も多く、次いで第二地区、第三地区の順になっている。昭和四五〜四九年もほぼ同様である。昭和五〇年は、新たに四中学校(倉敷西、福田、水島、連島)を調査対象にした。小学校では、健康調査の有訴率は、第一、第三地区でやや減少し、第二地区でやや増加した。呼吸器に関する有訴率は、第一地区が相変わらず多い。中学校では、眼、呼吸器の項目が水島中学校に多く、ばい煙、悪臭の項目は、福田中、水島中の順に有訴が多い。

(4) 児童健康調査(昭和四六〜四九年)

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

倉敷市教育委員会と倉敷市医師会は、水島臨海工業地帯における工場隣接地区(一〜五福小、水島小、本庄小、福田中、水島中、四六年一二月施行時六八六六人、四七年六月施行時七一四五人)及び汚染の影響が比較的少ない対照地区(倉敷、児島、玉島)の学校(菅生小、庄小、琴東小、上成小、玉島北中、四六年一二月施行時三二一四人、四七年六月施行時三二五〇人)の児童約一〇〇〇〇人に対する調査(フレッチャー方式に準じ、CMIから引用した目、鼻、のどに関する訴え及び臭気に関する質問事項を加えた質問票によるアンケート調査、問診、精密検査を、症状の程度に応じて段階的に)を実施した。その結果、両地区の児童生徒を比較すると、咳、痰をはじめとする慢性気管支炎、息切れ等の呼吸器症状いずれにおいても、工場隣接地区の児童生徒の訴えが著明であって、対照地区児童生徒よりも、有意差を持って高値であること、喘鳴及び呼吸器の疾患により、病欠する児童生徒は明らかに工場隣接地区校が、対照地区校よりも多いことが判明した。慢性気管支炎というよりは、気管支喘息を疑わせるものが多かった。昭和四八年は、倉敷市から遠隔の中国山脈の山間部にある岡山県上房郡有漢町の全児童二五二名について同様の方式による調査をし、右と同規模集団と対比するため、水島工場隣接区にある第一福田小学校の無作為に抽出した二一八名の児童について、改めて同様の調査をした。その結果、水島の工場隣接地域及びその隣接地域の都市郡並びに遠隔の山間部の児童生徒について、気管支喘息及び慢性上気道疾患に主眼をおいた有訴率、有症率、胸部レントゲン検査所見のいずれにおいても、工場隣接地の児童生徒が高率であるか又は異常所見を示す者が多かった。昭和四九年は、アンケートの対象を全市の小中学校に拡大した調査の結果、咳、痰症状については、喘鳴及び喘息診断等、児童生徒の上気道及び目に関する有訴率は、工場隣接地において高率であった。昭和五〇年は、気管支喘息の有症率が最も高かったのは、工場隣接地区校の現在地居住三年未満、前住地非汚染地区で、工場隣接地区に三年以上居住した場合よりも有症率が高い。現住地に三年以上居住している場合は、工場隣接地校の方が、対照地区校に比して有症率が極めて高い。レントゲン検査の結果、肺が汚染されていたり異常所見のある者は、汚染の程度が比較的高いと思われる、三福、連島、菅生の順であった。

なお、前示証拠によれば、児童健康調査の目的は、児童生徒の疾病異常を発見して適切な処置を講ずること、大気汚染が児童生徒の健康状態に及ぼしている影響を把握することであり、調査対象は、市街地、工場地区等種々に及ぶ地域を工場隣接地として一括し、対照地域と対比していること、調査目的は複数であり、対象は相当程度概括的であることが認められる。右のような調査方法等によることから、調査結果は、やや概括的にならざるを得ない。そのことを無視し、右調査結果のみによって、直接、水島地域と原告らの健康被害との因果関係を個別的に認定するとすれば無理がある。しかし、本件においては、調査目的、対象、集計方法等において、一定の制約を有する調査結果であることを踏まえたうえで、調査によって現れた大量観察の結果を全体としてみて、右因果関係を判断する証拠の一つにするのであるから、問題はないものというべきである。

(二) 岡山県調査

〈書証番号略〉、坪田信孝の証言によれば、次の事実が認められる。

(1) 「健康影響調査分科会報告書」

岡山県公害対策審議会、同専門委員会は、昭和五二年三月、「水島地域窒素酸化物汚染対策調査結果報告書」を作成した。右報告書中の「健康影響調査分科会報告書」(いわゆる岡山県調査)は、右分科会が、水島を中心とした、倉敷市域における以後の窒素酸化物対策について、①岡山県が、昭和四九年度夏期、冬期、五〇年度夏期に、岡山県南部一二地区(岡山市江並、江崎、藤崎地区、倉敷市呼松地区、宇津野、塩生地区、玉島地区、笠岡市南部地区、備前市三石、片上、浦伊部地区(以上昭和四九年夏期)、倉敷市水島A、B地区、玉野市南部臨海地区、備前市片上湾周辺地区(以上昭和四九年冬期)、岡山市福島地区、笠岡市城見地区(以下、昭和五〇年夏期)で実施した、大気汚染度の年平均値が二酸化硫黄0.015ppm〜0.032ppm、二酸化窒素0.016ppm〜0.030ppm、SPM0.040μg/m3〜0.063μg/m3下の四〇歳〜六〇歳の住民(四二一八名)を対象に、環境庁方式(BMRC質問票及び医師のチェック)により呼吸器症状を調査した呼吸器症状有症率調査資料、②呼吸器症状有症率調査実施地区を代表すると考えられる大気汚染測定か所(岡山市江並、江崎、藤崎地区(江並)、倉敷市呼松地区(呼松、広江、松江)、宇津野、塩生地区(宇野津、塩生)、玉島地区(玉島)、笠岡市南部地区(寺間)、備前市三石、片上、浦伊部地区(三石、西片上、浦伊部、沖浦)、倉敷市水島A地区(監視センター、春日、広江、二福、港湾局、松江、呼松)、水島B地区(連島、郷内、宇野津、塩生)、玉野市南部臨海地区(日比、日比二丁目、向日比一丁目、向日比二丁目、渋川)、備前市片上湾周辺地区(西片上、浦伊部、沖浦)、岡山市福島地区(南輝)、笠岡市城見地区(茂平)の測定資料をまとめたものである。

右報告書は、呼吸器症状有症率調査結果と大気汚染測定結果との関連について、県下各地で実施された大気汚染に係る呼吸器症状有症率調査結果と大気汚染物質の濃度又は量との関係を解析した結果に基づき、二酸化窒素による大気汚染と呼吸器症状との関係について、統計的に有意な関係を認めた。

なお、右報告書は、データの採取対象地域をいくつかの測定か所ごとに一括しているが、このことは、一括した地域の中では、地域の特質が類似的であること及び測定局が右地域を代表する性質を有することを前提とする。右前提を満たしているか否かについて、原告らと被告らとは見解が相違する。しかし、見解の相違以上に、右分類が合理的でないとすべき証拠はない(分類の性質上、設定者によるある程度の相違は内在している。)。また、有訴率データの集計に際し、無作為抽出した中からさらに確定対象者集団を選出していることが認められるが、右選出が、転居者、死亡者の補充等必要な範囲を超えて恣意的に行われたと認めるべき証拠はない。

(2) 坪田論文

岡山大学医学部公衆衛生学教室の坪田信孝及び同教室の構成員らは、岡山県調査をまとめ、「岡山県における呼吸器症状に関する疫学的研究」(坪田第一論文)、「大気汚染と持続性咳、痰有症率の関係」(坪田第二論文)、「大気汚染と持続性咳・痰の関係」(坪田第三論文)を発表した。

右論文は、①持続性咳、痰有症率とNO2、SO2、NOxとの間、NO2、SO2の環境基準超過率と持続性咳、痰有症率との間でも関連性が認められる。②呼吸器症状に対する大気汚染物質の寄与の程度は、窒素酸化物、硫黄酸化物の順と考えられる(窒素酸化物は、持続性咳、痰の有症率の地区差に関係する重大な因子であることを示し、硫黄酸化物はそれのみで、持続性咳、痰の有症率の地区差を説明できない。)とした。

なお、被告らは、右論文は、不足データの補充に冬期(比較的濃度が高い。)のものを使用していること、量―反応関係をみるについて、時間的に対応していない部分があること、主としてデータの不足分の処理についての既存データからの補充の仕方、関連のある各測定局を独立したものとみていること、濃度データの採用地域の選択に偏りがあるとするなど、論者の裁量によるデータの取捨選択、取扱方法等について批判する。

しかし、この種調査は、本来、大量観察によりおおよその事態を把握するという以上のものではないから、そのかぎりでみれば、右の程度の事項は、調査者の裁量に委ねられて差し支えないものであり、結果の大勢に影響するものとは考えられない。したがって、右調査、論文が全く事実を反映していないという被告らの批判は当を得たものとはいえない。

(三) 協同病院調査等

〈書証番号略〉及び丸屋博の証言によれば、次の(1)〜(7)の調査結果等が存在することが認められる。

(1) 協同病院調査

昭和四〇年七月、呼松、連島地区の健康調査を行った。その結果、自覚症状、肺活量等において、連島より呼松の方が悪かった(右に先立って昭和三九年七月、化成水島の試験操業開始に抗議した呼松町民七〇〇名がむしろ旗をたてて化成水島の工場にデモや座り込み等の抗議行動をした(いわゆる「呼松エピソード」)。その直後、協同病院は、呼松地域の住民に対するアンケート調査をした)。結果は、三八〇人中、頭痛や頭重感がある64.1%、全身がだるい五五%、眠れない53.5%、息苦しい45.1%、喉が痛む38.5%であった。昭和四三年七月、呼松地域で臭気調査をしたところ、九〇%の住民が悪臭を訴えた。翌年(四四年)福田地区では、六〇%であった。昭和四六年、同病院に来院する患者のうち、呼吸器系患者が増加した。新聞は、前年は、同病院の外来患者二二一三人中、慢性気管支炎八九人、気管支喘息、肺気腫、難治性の風など二一八人、当年(四六年)は、二二六三人中二七六人にのぼると丸屋医局長が発表したと報道した。昭和四六年六月、呼松町と連島町の住民健康診断の結果をまとめた。それによると、かつては非汚染地区とされていた連島町芝浦地区で、呼吸器の異常を訴える者が急増していることが明らかになった。協同病院の昭和四六年中の喘息入院患者数は五六人であった。四五年に比べて二五%、四四年に比べて四四%増加した。

(2) 岡山県衛生部による住民健康調査

岡山県衛生部、倉敷市医師会、岡山大学医学部公衆衛生学教室などは、昭和四三年から、共同で住民健康調査を実施した。

昭和四五年の水島地域で咳、痰や喘息様発作、息切れなどを訴えたのは、松江地区の住民の二〇五人中四〇人(二〇%)を最高に、地域平均では四二八四人中五二〇人(一二%)で、四三年度よりやや低く、四四年度よりやや高い割合であること、昭和四六年三月一日から一五日までの間、水島地域を一四の地区に分け、四〇歳以上の住民七三一七人について①咳、痰がでる、②喘息様の発作を起こしたことがある、③咳、痰のでる時期など一一の調査項目を記載した調査票に書込みを依頼した。回収率75.2%で、うち16.3%の八九六人が何らかの形で呼吸器系に異常を訴えた旨新聞は報道した。

(3) 倉敷市医師会住民調査

昭和四四年二月一三日、水島地域で亜硫酸ガス濃度0.5ppmを記録した。当日喘息患者が多発したため、市長の依頼で倉敷市医師会が調査した。新聞は、右調査の結果として、喘息患者の発作は、汚染地区では、対象患者一一二人中第一週は五〇人(44.6%)、第二週は五六人(44.6%)、第三週も同様であり、喘息患者は明らかに増加していると報道した。

(4) 倉敷市教育委員会の調査

倉敷市教育委員会は、昭和四六年九月、市内の一一の小学校の欠席状況(同年一学期)の調査をまとめて報告した。工場隣接区の第三福田小学校では、児童数六五九人(昭和四四年)のうち、延べ欠席人数が昭和四四年五三九人、四五年七九二人、四六年九七五人と急増し、うち呼吸疾患に関係ある病気で欠席した者が四六年七三四人で、全欠席者の七五%であった。第一福田小学校では、呼吸器疾患による病欠は四四年延べ五一六人、四五年七四一人、四六年一一二六人で、全欠席者に対する割合は、四四年80.1%で異常に高いと新聞は報道した。昭和四六年末に水島コンビナート周辺の児童、生徒の健康調査を実施し、四七年三月二三日に結果を発表した。それによれば、コンビナート周辺の児童、生徒はコンビナートから離れた地域の児童、生徒に比べて大気汚染が影響したとみられる慢性気管支炎症状が異常に多いことが判明した。新聞は、水島周辺の児童、生徒四八%が異常を訴えた旨報道した。昭和四八年五月に定期健康診断を実施した。その結果、喘息性気管支炎、気管支喘息は幼稚園0.7%(七〇人)、小学生一%(三五九人)、中学校0.44%(六七人)であった。昭和四七年同期に比べて幼稚園児は2.7倍、小学校は二倍であった。

(5) 第三福田小学校の教職員による調査

倉敷市立第三福田小学校では、岡山県教育委員会の公害研究指定校として、教職員が昭和四六年一一月に岡山市で開かれた全国学校保健研究大会で、実態調査を報告した。右報告によれば、欠席児童のうち、喉が痛い、風邪を引きやすいなど、大気汚染が関係しているとみられる病気が七三%であった。

(6) 地域生活研究会調査

倉敷市は、東京の地域生活研究会(幹事柿﨑京一図書館短期大学教授)に、呼松、松江、高島の三地区の生活環境調査や住宅移転希望などの調査を委託した。同研究会は、昭和四六年一二月〜四七年一月に調査を実施し、四七年四月、結果を報告した。居住地移転希望の調査で、松江、高島の住民の半数以上が移転を希望していたと新聞は報道した。

(7) 倉敷東保健所調査

倉敷東保健所及び倉敷市衛生部は、昭和四七年六月〜九月にかけて、水島地域を中心に、大気汚染と健康との関係を調査し、昭和四八年三月三〇日右結果をまとめた。咳、痰の異常を訴える者は、他の地域の二〜三倍高かったと新聞は報道した。

なお、右各種調査は、新聞記事によるものであったり、対象者、対象地区等について、必ずしも調査結果の正確性を一般的に担保しうるような吟味を経ているかについて、十分でないおそれを感じさせるものであることは、被告らが主張するとおりである。

しかし、右調査において、少なくとも、それぞれの調査時点で、水島地域で立地、操業している工場からの排煙による大気汚染とその人体の健康に対する影響を住民、医師、関連官公署等が強い問題意識を持つ程度に大気汚染の状態が悪化していたことが認められ、後述のとおり、本件では、右事実はそれ自体意味を持つものであるから、その具体的な内容の必ずしも正確とはいえない可能性、調査方法が万全でないことを指摘する被告らの主張は、本件ではさほど意味がないというべきである。

(四) 反対調査について。

〈書証番号略〉によれば、被告ら主張第四の二2(一二)(1)の事実が認められる。右事実は、確かに、倉敷市における公健法に基づく指定疾病の認定が、症状の軽い者に対して広く行われたのではないかという疑問を生じさせている。しかし、本件においては後述のとおり、咳、痰等の肺気腫、慢性気管支炎の症状が発現した者について、本件全証拠によって、病名、因果関係等を認定すべきであり、一部の調査によって、右病名が付された者が少なかったからといって、右指定疾病の症状を現す患者が生じなかったということにはならない。後述のように、右事実は、個別に症状の認定をするに際しての、斟酌すべき事情のひとつである。

3 その他の調査事例

(一) 四日市における知見

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 罹患調査

三重県立大学医学部付属産業医学研究所所長藤野敏行ほか同所教官二名は、昭和三六年ころから四〇年ころまで、四日市市内一〇〜一三地区の国民健康保険レセプトにより、呼吸器系、循環器系その他疾病の罹患率を調査した(「四日市における大気汚染の医学的影響」)。それによれば、硫黄酸化物濃度と感冒、気管支炎、咽喉頭炎、気管支喘息の罹患率の相関関係は、毎年ほぼ同程度の高い数値を示していることが認められた。年齢別にみると、幼、高年齢層に大気汚染の影響が大きく、気管支喘息については、五〇歳以上くらいの高年齢層の汚染地区と非汚染地区との差が顕著であり、右汚染が最も著しかったのは、磯浜地区であることが認められる。

(2) 厚生省ばい調

厚生省は、昭和三九年〜四〇年に、四日市及び大阪において、汚染地区、非汚染地区を選定し、そこに居住する四〇歳以上の一般住民を対象に、質問調査票による調査を実施、有症者に対して医学的検査を実施した(「ばい煙等影響調査報告の概要」)。その結果、呼吸器症状有症者は汚染地区に高率であり、慢性気管支炎、息切れ、喘息様発作の頻度について汚染地区で高い有症率であった。

(3) 産研、四日市合同調査

昭和四〇年以降、産研と四日市衛生部が共同で、右厚生省の調査に準じた方法で四日市市約七地区の四〇歳以上の住民を対象として、住民検診を実施した。右調査と前示厚生省調査(四日市分)とを総合すると、昭和三七年〜四〇年の硫黄酸化物及び喘息様発作、降下ばいじんと慢性気管支炎及び喘息様発作との間には高い相関関係が認められること、非喫煙者群では汚染地区の有症率が非汚染地区の5.9倍、喫煙者群では、汚染地区の有症率が非汚染地区の2.7倍であること、喘息有症率については、汚染地区では調査時(昭和三九年から四二年)から過去五年以内に発病した者が有症者全体の59.2%あり、非汚染地区では63.8%が過去五年以前に発病していたことが認められる。

(二) 大阪における知見

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

近畿地方大気汚染調査連絡会は、昭和三九年〜四三年、大阪府下二六地区で、四〇歳以上の住民総計九五万二九五三名を対象に、アンケートにょる慢性気管支炎に関する調査(BMRC標準質問票に準拠して作成したアンケート調査を行い、調査票で自覚症状のあるものを対象に問診及び臨床的諸検査が行われた。)を実施した。その結果、慢性気管支炎の地区別訂正有症者率は、男女とも亜硫酸ガス濃度の高い地区程高率であることが報告された(「ばい煙等影響調査報告(五カ年総括)」)。

(三) 六都市調査

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 環境庁は、昭和四五年度〜四九年度、千葉県、大阪府、福岡県内の各二地区合計六地区において、大気汚染物質として、硫黄酸化物、窒素酸化物、一酸化炭素、浮遊粉じん、降下ばいじんの測定、右調査地区内に居住している三〇歳以上の女子及び六〇歳以上の男子を対象に、BMRC質問票による呼吸器症状の把握、胸部レントゲン検査、呼吸機能検査等の調査を行い、その結果を次のとおり報告した。

大気汚染の程度については、六地区間において差があった。五か年間の大気汚染の程度を経年的にみると、硫黄酸化物、浮遊粉じん及び降下ばいじんについては漸次低下傾向が認められたが、窒素酸化物についてはこのような傾向は認められなかった。

呼吸器症状(持続性のものを含む咳、痰)の有症率については、六地区間に差があった。同一の質問票を用いて質問した年度の女子についての有症率を経年的にみると、昭和四五年度から四九年度にかけて低下傾向がみられた。

各大気汚染物質の濃度(又は量)と呼吸器症状の有症率の関係を統計的に分析したところ、一部の例外を除き両者の間には順相関がみられた。これらの相関の内、いくつかの組み合わせを除いて大部分は統計的に有意でなかった。

大気汚染と呼吸機能検査の結果との相関については、一部の年度、一部の項目を除いて統計学的に有意な関係はみられなかった。

(2) 国立公衆衛生員次長鈴木武夫らは、右調査結果に基づく千葉県、大阪府及び福岡県の六都市の三〇歳以上の家庭婦人について検討し、昭和四七年度以降は、大気汚染の主たる指標が硫黄酸化物から窒素酸化物に変化しており、一貫して窒素酸化物と持続性咳、痰有症率との間に有為な関連が存在するとした(「大気汚染と家庭婦人の呼吸器症状及び呼吸機能との関係について―千葉県・大阪府・福岡県の六地区における環境庁の実施した「複合大気汚染健康影響調査」の結果についての一検討―」)。

右検討集計の際、鈴木らは、富田林地区の測定場所は、幹線道路の近傍であり、健康調査の実施区域から五Km南であるため、SO2、NO2等の測定には不適当であるとして除外した。被告らは、このことを、調査結果の正確性に対する疑問の理由としているが、右除外の理由は特に不合理とはいえない。また、面接実施率は八〇%であることが認められるが、そのことによって調査結果の大勢が影響を受けるとまではいえない。

(四) 千葉調査

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

千葉大学医学部公衆衛生学教室吉田亮らは、昭和四六年〜五〇年、千葉県内の五市一三地区(主な大気汚染濃度の平均値は、NO20.013〜0.041ppm、SO20.009〜0.042ppm、NO0.050ppm〜0.043ppm)で、BMRC方式により四〇歳ないし五九歳の住民四九五六名を対象として行った、持続性咳、痰の有症率調査結果に基づき、持続性咳、痰の有症率はNO2、NOx、NO、SO2の年平均値との間に有意な相関がみられたと報告した(「千葉県における慢性気管支炎症状の疫学的研究」)。

〈書証番号略〉、前田和甫の証言によれば、吉田亮の分析に対し、被告川鉄千葉製鉄所環境安全部長の荘司栄徳は、被告らの主張第四の二3(三)記載の内容を有する批判(論文)を行い、論争になる事態があったこと、他に数名の学者が荘司に同調したこと、吉田は反論し、その内容は、三年平均値でない値を用いたのは、測定開始年度が調査年度かその前年であって三年間の測定成績がなかったために一年又は二年の測定値を使用した、測定局の内四か所は、工場地区と一致する測定局を選んだので、恣意的な選択ではない、SO2濃度について、溶液伝導率法による測定値と二酸化鉛法による測定値からの換算値を統計解析に利用しているのは環境庁が許容している、BMRC質問票の「五+一〇」の症状で慢性気管支炎を捉えることができることは、六一年専門委員会が認めているなどとし、その他若干の集計ミス等を認めるものであったことが認められる。

この論争は、吉田の解析が完全なものとはいえないことを示しているが、他方、右批判に対する吉田の反論は、千葉調査及び吉田の解析が、それ自体として不合理な手法に基づくものであったり、結論の大勢に影響を及ぼす程の誤りを有しているものではないことを示してもいる。

したがって、右荘司らの反論は、前示認定を左右するほどのものではないというべきである。

(五) 大阪、兵庫調査(常俊義三の報告)

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

大阪府衛生部等は、昭和四六年度以降、大気汚染による地域住民の健康影響の実態把握を目的として、六地域(守口市、高石市、吹田市、泉大津市、東大阪市、赤穂市)で四〇歳以上の全住民を対象に慢性気管支炎に関する疫学調査(アンケート調査を実施し、咳、痰症状の記載のあるものを対象としてBMRC質問票を用いて面接調査、呼吸機能検査を実施)を実施した。

常俊義三(宮崎医科大学公衆衛生学教室)らは、昭和五二年、右調査の内の昭和四七年〜四九年までの三年間の調査結果に基づき、大気汚染物質(年平均値、二酸化硫黄0.018ppm〜0.037ppm、二酸化窒素0.016ppm〜0.090ppm、浮遊粉じん四一μg/m3〜一六〇μg/m3)と慢性気管支炎有症率を検討し、慢性気管支炎有症率と大気汚染との関係について、単独汚染よりも複合汚染の方が慢性気管支炎有症率との間に高い相関があり、とりわけ、二酸化硫黄と浮遊粉じんの相加的な汚染指標が、慢性気管支炎有症率によく対応する。持続性痰の有症率は、他の呼吸器症状に関する有症率よりも各種が大気汚染との間に相関関係が強いことが明らかになった旨報告した(「大気汚染の慢性気管支炎有症率におよぼす影響」)。

他方、右報告は原調査報告者の記載がないことなど、被告らの主張第四の二3(四)記載の批判の対象となった事実が包含されていることが認められる。しかし、右事実は、前示認定を左右するほどのものとみるべき証拠はない。

(六) 環境庁a調査(「質問を用いた呼吸器疾患に関する調査」)

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

環境庁環境保健部は、昭和五六〜五八年、ATS方式に準拠した質問票を用い、群馬県から宮崎県までの太平洋側を中心とした九都道府県二八地域において、昭和五七、五八年度に、小学生の両親及び祖父母のうち居住歴三年以上かつ三〇〜四九歳の成人三万三〇九〇人を対象として調査し、三三地域において、昭和五六年から昭和五八年度に、居住歴六年以上の児童四万三六八二人を対象として調査し、その結果、①成人(調査区域における当該年度の一般環境大気測定局の年平均値は、二酸化窒素三〇〜三八ppb、二酸化硫黄4.0〜13.5ppb、浮遊粉じん20.0〜63.0μg/m3)の持続性痰、咳有症率は、濃度の高いほど高いこと、調査校を、都市形態別に人口密度五〇〇〇人/km2以上の地域(U)、一〇〇〇―五〇〇〇人/km2未満の地域(S)、一〇〇〇人/km2未満の地域(R)に分け、持続性咳、痰及び喘息様症状、現在の有症率を比較すると、Uで最も高く、Rで最も低い値を示したこと、室内汚染、家族構成、部屋密度について、大気汚染と有症率に有意差は認められず、既往症、喫煙に関する因子と有症率との関連の有無をみたところ、都市形態間の有意差が多く認められる。②児童(調査区域における当該年度の一般環境大気測定局の平均値は、二酸化窒素3.5〜34.0ppb、二酸化硫黄4.0〜16.0ppb、浮遊粉じん13.0〜69.0μg/m3ある。)の調査校を前記のとおりU、S、Rの三つに分け、喘息様症状現在有症率を比較すると、いずれもUで最も高く、Rで最も低い値を示し、統計的にも有意の差が認められた。体質、過去及び病気以外の因子については、有意な関連がみられなかった。

(七) 環境庁b調査(「大気汚染健康影響調査報告書」)

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

環境庁大気保全局は、全国の二八都道府県五一地域の小学校(一五〇校)において、居住歴三年以上の児童九万八六九五人及び同居の両親・祖父母のうち居住歴三年以上かつ二〇歳代から六五歳以上の者一六万七一六五人を対象とし、ATS方式に準拠した質問票を用いた調査を行い、その結果、①成人について、女性は、NO2濃度が高いほど、持続性咳、痰の有症率が高いこと、持続性咳、痰、喘息様症状(現在)等で他の大気汚染物質に比べてSO2との相関が強いこと、喘息様症状(現在)では、アレルギー素因(両親の喘息又は本人のアレルギー性鼻炎の既往)がある者にNO2との相関がみられたこと、②児童について、喘息様症状有症率とNO2有症率との相関をみると、関係は、男女とも、0.031ppm以上の地域で、右以下の地域より有症率が顕著に効率であること、喘息様症状有症率と大気汚染との相関をみると、NO2で男女とも、SO2で女子のみに有意な相関がみられた。

三実験的調査

1 人体負荷研究

〈書証番号略〉によれば、人体負荷研究についての証拠は少ないが、専門委員会報告は、次のようにまとめていることが認められる。

(一) 「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」(昭和六一年)

(1) 自覚症状への影響

正常者について、咽頭痛、咳、胸部絞扼感や胸痛は、二酸化窒素については、間欠的運動下での二時間暴露では1.0ppmくらいから認められる。粒子状物質の硫酸エーロゾルでは、1.0mg/m3くらいから咽頭の刺激感を認める。

(2) 肺機能への影響

ア 正常者について、二酸化窒素への間欠的運動下での二時間暴露で、0.05ppmに暴露された一〇〜一二人では、各種肺機能のうち、一部の指標変動(意義は不確実)がみられ、1.0ppmの一六人では再現性に乏しいが、FVC(努力性肺活量)の減少や一部の者に動肺コンプライアンスの減少がみられた。

粒子状物質の硫酸エーロゾルへの間欠的運動下での二時間暴露では、0.4mg/m3くらいから、肺機能の一部の指標で変動(意義は不確実)が、0.939mg/m3に暴露された一一人では、FEV1.0(一秒量)の減少、0.98mg/m3の濃度のエーロゾルをマスクで一時間吸入した一〇人では、気道のクリアランスの増加、硝酸塩エーロゾルへの間欠的運動下で0.295mg/m3濃度の硝酸アンモニュウムに二時間暴露の二〇人では、各種肺機能に影響が認められない。

イ 呼吸器疾患患者について、気管支喘息患者が、アトピー患者(アレルゲン皮内反応検査で二つ以上のアレルゲンに陽性反応を示し、喘鳴の既往のない者)や正常者に比べ、より低い濃度への暴露で気道狭窄が起こる。運動負荷下で経口吸入をさせた場合には、二酸化硫黄に反応を示す患者の一部では、0.10ppmの一〇分間の吸入で、SRaW(特異的気流抵抗)の有意な増加が起こり、二酸化硫黄0.1ppmでは、乾燥冷気下での過換気状態での乾燥冷気の経口吸入は、気道狭窄の効果を高める可能性がある。

硫酸塩エーロゾルでは、0.0156mg/m3の硫酸亜鉛アンモニウムに間欠的運動下で二時間暴露された一九人の気管支喘息患者の肺機能にいくつかの指標で有意な変化がみられた。三人にFEVの減少がみられた。0.96mg/m3の硫酸第二鉄に間欠的運動下で二時間暴露された一八人の気管支喘息患者のうち四人が肺機能において小さい有意な減少が認められた。1.0mg/m3の硫酸水素ナトリウム又は硫酸水素アンモニウムを一六分間吸入した一五人の気管支喘息患者に硫酸水素アンモニウムでSGaWとFEV1.0の有意な低下が認められた。

(3) 血液生化学的分析値への影響

正常者について、間欠的運動下で、二酸化窒素一ppmの濃度に2.5時間暴露された一〇人では、アセチルコリンエステラーゼ活性の有意な低下、二酸化窒素0.3ppm濃度に二時間暴露された七人では、血漿ヒスタミンの有意な増加、二酸化窒素0.2ppmの濃度に二時間暴露された一九人ではGSHの有意な増加があった。

(4) 気道反応性への影響

ア 正常者について、二酸化窒素五ppmの一四時間暴露では、気道反応性の亢進がみられる。

イ 呼吸器疾患患者について、間欠的運動下でNO20.2ppmの濃度に一時間暴露された三一人の気管支喘息患者中、約三分の二に、メサコリン・エーロゾル(吸入させて感受性をみる。)に体する気道反応性の亢進が見られた。0.1ppmの濃度に一時間暴露された二〇人の気管支喘息患者では、一三人にカルバコール・エーロゾルに対する気道反応性の亢進がみられ、更に、四人の患者をNO20.2ppmの濃度に暴露したところ、一人が0.1ppmの暴露時よりも強い気道反応性を亢進した。NO20.1ppmの濃度に暴露された一五人の気管支喘息患者では、六人がメサコリン・エーロゾルに対する気道反応性の亢進がみられた。報告は、右を総合して、気道が過敏な気管支喘息患者については、NO20.1ppmの短期暴露で気道反応性の亢進を生ずる可能性があるとしている。

(5) 気道クリアランス機構への影響(正常者、二酸化硫黄)

正常者について、三二人に五ppmの二酸化硫黄又は二酸化硫黄を含まない空気に四時間暴露後、Rhinovirusを含む液を鼻腔に接種したところ、鼻粘膜の繊毛運動の速度は、二酸化硫黄に暴露されず、感染を受けなかった者では有意な減少がみられなかったが、二酸化硫黄に暴露された者は、ウィルスに感染された者も感染されなかった者も五〇%近く減少した。

(6) 混合暴露の影響

オゾンと二酸化硫黄の混合暴露では、各0.37ppmのオゾンと二酸化硫黄の混合暴露及び0.15ppmのオゾンと0.15ppm又は0.3ppmの二酸化硫黄の混合暴露でオゾン単独暴露に比べて肺機能の有意な低下がみられた。

(二) 「二酸化窒素の人の健康影響に係る判定条件等について」(昭和五三年)

NO2と他の汚染ガスとの混合実験として、健康人の気管支収縮に対する反応についての研究によれば、NO20.05ppm、オゾン0.025ppm、SO20.1ppmの混合ガスに二時間暴露の後、アセチルコリンに対する気道の反応が増強することが認められた。

(三) 右実験はいずれも、特殊な状況下に置かれた人を対象にし、通常の生活状態のもとでの生活体験ではないから、右事実が直ちに人間の生活環境に当てはまるかについては定かでない。しかし、二酸化硫黄、二酸化窒素等の大気汚染物質が、一定の濃度で人体に有害であることは、右実験によって明らかになったということができる。

2 動物実験

(一) 〈書証番号略〉によれば、前記専門委員会がまとめた動物実験の結果は次のとおりであることが認められる。

(1) 気道粘膜の過分泌

二酸化窒素長期暴露による杯細胞の増殖を含む気道病変は、動物実験の結果から説明可能であり、実験動物において、0.4ppm〜0.5ppmで認められると評価した。すなわち、

二酸化窒素について、0.04ppm、0.4ppm、4.0ppmのラットに対する九か月間、一八か月間及び二七か月間暴露の結果、光顕的に、4.0ppm暴露群については、九か月目に二酸化窒素暴露において定型的な形態学的変化(気管支上皮から杯胞道へかけての細胞浸潤を伴う壁肥厚とクララ細胞の増殖)が明らかに認められた。これらの変化は0.4ppm二七か月間暴露群についても軽度で認められた。一方、電顕的形態計測的平均肺胞壁厚は暴露濃度と期間にほぼ比例して増加し、0.04ppm暴露群では九か月目から増加傾向が認められている。0.04ppm、0.12ppm、0.4ppmの三〜一八か月間暴露が上記実験の再実験で上記結果がほぼ支持された。ラットに対する0.5ppmの三〜一八か月間暴露では、一八か月後には軽度ながら定型的病変(気管支粘膜上皮の肥大や増殖等)が出現した。

(2) 気道の反応性の亢進又は過敏性

各種の汚染物質は、一過性に気道収縮剤に対する気道反応性の亢進を来し、二酸化窒素0.1ppmの短期暴露で気道反応亢進をもたらす可能性がある。すなわち、

二酸化窒素について、7.5ppm二時間、七ppm〜一四六ppm一時間、オゾン0.7ppm〜1.2ppm二時間、オゾン0.5ppm二時間、硫酸亜鉛アンモニュウムと硫酸亜鉛エーロゾル四時間などの暴露は、実験動物(サル、モルモット、イヌなど)に対する気道反応性を亢進させた。

(3) 気道感染抵抗性に関する影響

長期暴露下では、実験動物の気道感染抵抗性は、二酸化窒素0.5ppmにおいて低下する。すなわち、

二酸化窒素の長期暴露について、モルモットに対する二酸化窒素一ppm六か月間連続暴露では肺炎双球菌による、マウスに対する二酸化窒素0.5ppmの三か月間連続又は六か月間の間欠暴露では肺炎かん菌による吸入感染死亡率が増加した。マウスに二酸化窒素0.5ppmとオゾン0.1ppmの混合ガスへの一か月間〜六か月間間欠暴露後、肺炎連鎖球菌を吸入感染させた場合、その死亡率は、感染後混合ガスに一四日間暴露した場合が著しく高かった。二酸化窒素0.9ppm四〇日間又は0.4ppm四週間暴露で免疫抑制をもたらした。

(4) 気道閉塞の進展

動物実験で測定されるのは、いわゆる肺気流抵抗である。もしも、動物気道が形態計測的に人に相似するならば、この抵抗値は、人におけるのと同じく上気道の気流抵抗により支配される。しかし、二酸化窒素やオゾン、小粒径のエーロゾルの主障害箇所はいわゆる末梢気道であり、そこにおける気流抵抗の変化は肺気流抵抗測定によっては敏感には検出されない。なお、実験に多用されるような小動物の気道について形態計測を行ったものはそれほど多くはないが、末梢気道総径の飛躍的増加という点では人とよく類似している。すなわち、

二酸化窒素について、イヌに対する0.64ppmと一酸化窒素0.25ppmの混合ガスの長期暴露では、六一か月目には肺一酸化炭素拡散能と呼気ピーク流量の低下が認められている。これらのイヌは、その後清浄大気内に置かれた場合、右機能低下は持続した。ラットに対する0.4ppm九か月及び一二か月間暴露では、動脈血分圧が軽度に低下し、サルに対する硫酸エーロゾル2.43mg/m3七八週間暴露で換気分布の悪化や動脈血酸素分圧の低下、イヌに対する0.9mg/m3三二週間暴露で肺一酸化炭素拡散機能の低下と八八週間暴露で肺気流抵抗の上昇が確認された。イヌに対する自動車排出ガス六一か月暴露では、照射ガスの場合、気流抵抗の上昇が認められたが、二酸化窒素は、0.94ppm、オゾンは0.2ppmであった。他方非照射ガスで残気量が増加したが、この場合の二酸化窒素は、0.05ppm、オゾンはゼロであった。

(5) 気腫性変化

二酸化窒素暴露による実験動物での気腫性変化の成立は明らかであるが、暴露濃度がある程度高く、暴露期間がある程度長期間であることを要する。すなわち、ラットに対する二酸化窒素0.9ppmとオゾン0.9ppm混合ガス六〇日間暴露、マウスに対する二酸化窒素一ppm二時間暴露を含む0.1ppm六か月暴露で肺胞壁破壊を伴う気腫性変化が認められる。二酸化窒素0.65ppmと一酸化窒素0.25ppm、二酸化窒素0.15ppmと一酸化窒素1.66ppmの混合ガスの六八か月間暴露、清浄大気内で三二〜三六か月間飼育されたイヌの肺は、気腫性変化を生じている。

なお、昭和四三年硫黄酸化物についての専門委員会報告における知見(「亜硫酸ガス(硫黄酸化物)の環境基準設定のための資料と考察」)は、昭和四三年一月付け硫黄酸化物についての専門委員会報告(これに基づいて昭和四四年二月の硫黄酸化物に係る環境基準が設定された。)の際、提出されたものである。SO2が動物に及ぼす影響について要約してある。すなわち、

①ラットに対する、濃度0.7〜1.6ppm、二週間以上の暴露で、四〇%の肺に、粘液、膿、乾酪物質などがみられた。一、二、四、八、一六、三二ppm一六か月間の慢性暴露実験で喘鳴、目の混濁、脱毛の発生の程度と濃度に関連が認められた。二〇mg/m3四時間の暴露で、脾臓のdehydraseの活性がコントロール群に比べて28.6〜63.7%低下、脾臓、腎臓、血液、脳、小腸粘膜のコリンエステラーゼの活性が、29.0〜41.7%低下した。②イヌに対する、一〜一五〇ppm、二〇〜四〇分、の気管切開による暴露で、気流抵抗は暴露開始後一〇秒以内に五〇〜一二五%増加した。SO2は、投与量の四二%が気管に摂取された。鼻及び口を通す暴露で、肺及び胸郭コンプライアンスは減少した。非弾性抵抗はすべての例で上昇(平均四七%)し、濃度の高い程高い値を示した。③モルモットに対する二ppm一時間の暴露で気道抵抗が二〇%増加した。④ラット、ウサギに対する9.12ppm一日二三時間、八〇日間の暴露で、ヘモグロビン、白血球数、赤血球数は増加、肺炎、気管支炎が発生した。⑤ウサギに対する一〇ppm、摘出気管に直接暴露すると、繊毛運動は停止した。0.5〜1.0%容量、一日一回、五〜九〇分まで、漸次延長四〜六二二日で、鼻腔粘膜に与える変化は、急性暴露では、呼吸器粘膜に偽膜性線維性炎症を生じ、緩徐な暴露では、呼吸部粘膜上皮に萎縮、変性、後には増殖、鼻甲介の癒着、嗅上皮細胞の萎縮がみられた。0.5〜1.0%容量、一日一回、五〜九〇分まで、漸次延長四四〜七一〇日の暴露で、副腎重量の増加、組織学的にも皮質の肥厚、細胞増殖、皮質細胞の腫張、崩壊、萎縮等、ミトコンドリア減少、アルカリフォアスターゼ減少、髄質細胞増大(萎縮)、実験開始後五か月までは機能低下、五〜一二か月には機能亢進、一二か月以降は再び機能低下を生じた。0.5〜1.0%容量、五〜九〇分まで、漸次延長六〜七一〇日の暴露で、脳にうっ血出血傾向、神経細胞の間のニッスル顆粒の崩壊、顆粒状変性、リポイド及びリポフスチンの増加、神経細胞は、髄鞘の結節状膨隆及び曲折、軸索変性、腫大を起こし、神経膠細胞、脳膜、脈絡膜上皮細胞、血管内皮細胞及び外膜細胞の脂質の増加を生じた。蜘蛛膜軟膜での円形細胞浸潤を生じた。この変化は、実験開始後六〜八か月に最も強く、八か月〜一年くらいで弱まった。⑥モルモット、マウスに対する濃度三〇〇ppm、三日の暴露で、全部に胃の拡張と多発性出血性の胃潰瘍を認め、胃穿孔の頻度は高かった。0.02mg/lの吸入で、白血球の食作用の減少、貧血、血漿の蛋白分画に変化が生じた。

(二) 倉敷市における動物実験

〈書証番号略〉によれば、岡山県衛生研究所では、昭和四七年ころから、水島地域の大気汚染の激しいところでラットを飼育し、大気汚染の肺組織に及ぼす影響を病理組織学的に検討した。その結果、暴露実験開始後一年経過でラットの眼の角膜はほとんど白濁した。肺の病理組織は、暴露開始後一か月で間質性肺炎の病理像を示し、肺隔壁及び気管支周囲にリンパ球及び好中球の著しい細胞浸潤と軽度の肺気腫像を認めた。暴露開始後一年経過で間質性肺炎像は消滅したが、気管支周辺のリンパ球の細胞浸潤、肺気腫像はより強度になり、無気肺の像も各所にみられ、特に、三年を経過すると、肺胞隔壁に多数のマクロファージが遊走するのが認められた。

暴露後三年経過後は、二年経過後に比べて肺胞隔壁の欠損などの組織像の悪化はあまり進行していないが、肺マクロファージが遊走するのが目立った。

暴露開始後二年経過したころから、三例に喘鳴が聞かれた。

一〇か月経過後に、細胞性免疫機能の低下、IgE抗体産生能の上昇、肺マクロファージ貧食能の低下が認められた。

粒子状物質は、明らかに肺内での反応の引き金となっていた。

(三) 右各実験は、実験動物を特異な環境下におき(実験の性質上やむを得ない。)、継続的に実験をさせたものである。人間と動物との生物学的差異、特に大気汚染に体する感受性などについて、現時点で十分に解明されたとみるべき証拠はないから、右実験の結果を直ちに人に当てはめることには無理があるが、二酸化硫黄、二酸化窒素等の大気汚染物質が、動物の健康に相当程度の影響を与えることは認めることができる。

四環境影響評価に関する見解について。

1 「硫黄酸化物に係る環境基準についての専門委員会報告」

〈書証番号略〉によれば、昭和四八年三月三一日、中央公害対策審議会大気部会硫黄酸化物に係る環境基準専門委員会は、原告らの主張第四の四1(二)(1)〜(7)の調査結果にもとづき、二酸化硫黄は、大脳生理学的反応、気道抵抗の増大、上気道の病理組織学的変化、呼吸器の細菌、ウイルスによる感染に対する抵抗性の低下等の影響を及ぼすことが、実験室による研究により証明されているとして、地域環境大気中の二酸化硫黄について、人の健康を保護するうえで維持するべき濃度条件として、二四時間平均一時間値0.04ppm、一時間値0.1ppm(SO2新基準)を提示したことが認められる。

〈書証番号略〉によれば、右報告書には、被告らが主張するような「SOx旧基準を満足する地域において大気汚染を認めた」文言の記載はない。しかし、報告書全体は、そう解釈することが不自然とはいえない趣旨のものであると認められ、SOx旧基準を、人の健康との関わりで十分でない可能性があるとみていたことが認められる。

2 「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」

〈書証番号略〉によれば、中公審は、昭和五八年一一月一二日、環境庁長官から、我が国の大気汚染の態様の変化を踏まえ、公健法二条一項に係る対象地域(第一種地域)の今後のあり方について諮問を受け、環境保健部会に新たに大気汚染、公衆衛生、臨床医学等の分野の専門家からなる専門委員会を設置して検討したこと、専門委員会は、昭和六一年四月、右検討の結果を「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」としてまとめたこと、右報告書の内容は、次のとおりであることが認められる。

(一) 動物実験、人への実験的負荷研究、疫学について

動物、特に哺乳動物は、解剖学的、生理学的、生化学的に人に類似しており、その暴露実験結果は、人に対する影響の機構の解明や、量―影響関係の存否の判断の助けとなる。人への実験的負荷研究は、直接人を対象とし、疫学的調査で見出された大気汚染と健康影響の関係を、短期間の暴露下ではあるが直接的又は間接的に観察することが可能な利点がある。また大気汚染による影響は地域の人口集団に反映されているから、その影響を観察しようとする場合、集団としての分布の偏りをみる疫学的評価に頼らざるをえない。

動物実験については種差、人への実験的負荷研究については、対象の限定的性格、疫学については、問題としている影響に関与する因子が通常多種類にわたっているため、観察された影響と特定の大気汚染物質との関連を正確に判断することは困難な場合が多いこと、現在行われている疫学の大部分は、交絡について十分考慮したものであっても、基本的には関連や相関をみており、因果関係を直接みているのではないことに留意しなければならないこと、集団を対象にして得られる結果は、ある質の影響に関して異なった集団間の分布の差をみているのであるから、一方の集団にその影響の割合が有意に高く認められるからといって、問題とする因子が直ちにその集団の中の個人の病因とは必ずしもいえない。

(二) 慢性閉塞性肺疾患の基本病態に対する大気汚染の可能性の評価

主として動物実験、人の暴露についての報告等の検討によって、慢性閉塞性肺疾患の基本病態に対する関与の可能性の評価等の後記各項目について、次のとおり、大気汚染と症状との間に一定の関連がありうるとした。

(1) 気道粘液の過分泌

慢性気管支炎の基本病態は、持続性の気道粘液の過分泌(気道における杯細胞と気管支腺の分泌過多)であり、形態学的には杯細胞の増加や気管支腺の肥大が基本所見である。動物実験では、気道粘液の過分泌を観察した報告は少なく、形態学的変化から推論することになる。動物実験の報告を総合すると、二酸化窒素長期暴露による杯細胞の増殖を含む気道病変は、実験動物において0.4〜0.5ppmで認められると評価される。

(2) 気道の反応性の亢進又は過敏性

気管支喘息の基本病態は、気道が過敏であることである。そのため種々の化学伝達物質や病理的刺激に対して異常に反応して気管支平滑筋収縮が狭窄し、気道粘膜の浮腫及び炎症並びに気道分泌物、炎症性細胞、細胞破壊物等の気道内蓄積による気道閉塞を起こす。動物実験(短期暴露)、人への実験的負荷研究の報告を総合すると、各種の汚染物質は、一過性に気道収縮剤に対する気道反応性の亢進を来し、気道が過敏な気管支喘息患者については、二酸化窒素0.1ppmで気道反応性の亢進をもたらす可能性があると評価される。

(3) 気道感染

気道感染が慢性気管支炎や気管支喘息の自然史に具体的にどのような役割を演じているかは、十分に解明されていないが、慢性気管支炎や気管支喘息を含む慢性閉塞性肺疾患の発症、憎悪因子として多かれ少なかれ関与している可能性は高い。慢性気管支炎の分泌過多は必ずしも気道感染を伴わなくても起こりうるが、分泌過多があると細菌やウイルス感染を起こしやすくなり、また、感染は気道に形態学的、機能的変化を起こしやすいとも考えられる。気管支喘息に関しても、感染型が分類されているように、感染は気管支喘息の自然史で重要な役割を演じていることが考えられる。動物実験の報告を総合すると、長期暴露下では実験動物の気道感染抵抗性は二酸化窒素0.5ppmにおいて低下すると評価される。

(4) 気道閉塞の進展

気道閉塞は、慢性閉塞性肺疾患の基本的病態生理である。そのメカニズムとしては、①気管支収縮、②気道内における分泌物の貯留、③気道壁にかかる牽引力の減少が挙げられる。

二酸化窒素長期暴露を受けた実験動物の気道の形態は、その狭窄の存在を示している。二酸化硫黄に関しては、異常を認める報告と変化なしとする報告があり、判断が難しい。

人への実験的負荷研究では、短時間暴露による軽度の一過性の暴露を繰り返すと適応が起こり反応が見られなくなる。このような影響が、持続性の気道狭窄の進展にどの程度関係しているかはよく分かっていない。しかし、暴露を繰り返すと適応がおこり気道狭窄が見られなくなることは、生体にとってはより多くの呼吸器刺激物質が気道に侵入しやすくなることを意味し、呼吸器に生化学的及び形態学的変化を引き起こす機会が多くなることも考えられる。

(5) 気腫性変化

肺気腫の分類の基本型は小葉中心型と汎小葉型である。小葉中心型は肺気腫のうちで最も多く、比較的若年者に発症し、呼吸細気管支の破壊と拡張が主病変である。二酸化窒素暴露による肺気腫は多くはこの型である。

動物実験では、二酸化窒素暴露による実験動物の肺胞壁破壊を伴う肺の気腫性変化が認められる。暴露濃度がある程度高く、期間がある程度長期間であることを要する。

(三) 大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の疫学的知見

疫学的研究とされる報告等について検討し、現状の大気汚染と閉塞性肺疾患との関係の評価につき、

(1) 慢性気管支炎の基本症状について、我が国で行われた持続性咳、痰を指標とした疫学調査を歴史的に比較すると、①昭和三〇年代後半(いわゆるスモッグ時代、石化燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物と大気中粒子状物質が相当高濃度に存在していた。)のほとんどの疫学調査は、持続性咳、痰症状と硫黄酸化物や大気中粒子物質との間に量―反応関係を示唆するようなものを含む強い関連性を認めている。②昭和四〇年代後半(大気汚染対策により二酸化硫黄及び大気中粒子状物質の濃度が顕著に減少した時期)の調査においては右の関連は依然みられたが、その末期においては、持続性咳、痰症状と二酸化窒素との間に有意な相関が認められるようになった。③昭和五〇年代後半(二酸化硫黄、二酸化窒素、大気中粒子状物質の汚染動向が比較的安定した時期)に行われた環境庁の二つの疫学調査(環境庁a調査、b調査)の結果は、その調査規模及び調査地域の大気汚染濃度からして、比較的安定に推移している我が国の大気汚染の現状を全体として反映しているものとみることができる。

成人の持続性咳、痰有症率の状況、動物実験の結果から判断して、現状の大気汚染が、地理的変化に伴う気象因子、社会経済的因子等の大気汚染以外の因子の影響を超えて、持続性咳、痰の有症率に明確な影響を及ぼすレベルとは考えられない。

(2) 気管支喘息等については、環境庁の前記二調査に共通した結果として、現状の大気汚染が児童の喘息様症状・現在や持続性ゼロゼロ・痰の有症率に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないが、大気汚染以外の諸因子の影響も受けており、現在の大気汚染の影響は顕著なものとは考えられない。成人の喘息様症状・現在については、現在の知見から現状の大気汚染が成人の喘息様症状・現在の有症率に相当の影響を及ぼしているとは考えられない。

(四) 現在の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価

(1) 現在の大気汚染も、過去の大気汚染の場合と同じく、そのほとんどは、石化燃料の燃焼によるものである。したがって、現在でも、我が国の大気汚染は、二酸化硫黄、二酸化窒素及び大気中粒子状物質の三つの汚染物質で代表されるといっても、大きな過ちはないと考える。しかし、燃料消費事情、汚染対策、発生源の変化、特に交通機関の構造変化によって、我が国の最近の大気汚染は、二酸化窒素と大気中粒子状物質が特に注目される汚染物質であると考えられる。

(2) 現在の大気汚染が総体として慢性閉塞性肺疾患の自然史に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考える。しかしながら、昭和三〇〜四〇年代においては、我が国の一部地域において慢性閉塞性肺疾患について、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染による影響と考えうる状況にあった。これに対し、現在の大気汚染の慢性閉塞性肺疾患に対する影響は、これと同様のものとは考えられなかった。

右報告は、大気汚染によって、本件疾病が発症又は憎悪することがあり得ることを示しているが、量―反応の関係について、具体的な基準を示しているわけではない。したがって、右報告は、水島地域の大気汚染と原告らの健康被害との間の因果関係を、個別的に認定する直接的な証拠にはならないが、一般的な意味での因果関係をみる一つの間接証拠にはなりうるというべきである。

3 「二酸化窒素の人の健康影響に係る判定条件等について(中央公害対策審議会答申、同専門委員会報告)」

〈書証番号略〉によれば、右答申は、二酸化窒素につき、長期暴露については年平均値0.02ppm〜0.03ppm、短期暴露については0.1〜0.2ppmとするものであったことが認められる。右証拠によれば、右数値が示す個々の人の健康に与える影響は、ある程度安全性を見込んだものであることが認められるが、それが、個々の人に対する影響について、どの程度のものであるかは、具体的には明らかでない。

4 「WHO窒素酸化物に関するクライテリア」について。

〈書証番号略〉によれば、WHOに設けられた機関である環境保健クライテリア専門委員会(以下「クライテリア委員会」という)は、窒素酸化物の呼吸器(疾患)に対する影響について、昭和五一年八月、次のとおり報告していることが認められる。

二酸化窒素に対する短期暴露は、長期暴露と同様に約九四〇μg/m3(0.5ppm)を起点とする濃度で実験動物の呼吸器に好ましからざる影響を及ぼすものと評価した。人に対する好ましからざる影響もほぼ同程度の二酸化窒素濃度で起こっている。一九〇μg/m3(0.1ppm)の濃度の二酸化窒素に一時間暴露すると、喘息患者において化学エーロゾル(カルパコール)の気管支収縮効果が増加する。

短期間暴露によって観察された最低の影響レベルの評価として右濃度を選んだ理由は、右濃度では多くの動物及び人の志願者に関する研究において、影響が明らかにされてきたからである。

この研究は、さらに追試する必要があり、現時点においては、高い感受性を有する人に対する最低の好ましからざる影響のレベルは不明であり、さらに評価される必要がある。

ほぼ最低の観察された影響レベルである一時間で九四〇μg/m3(0.5ppm)と約五μg/m3(0.0025ppm)というバック・グランド濃度との差からして最大の安全係数はたかだか、二〇〇程度であろう。

安全係数は大都市地域に住む住民の健康を守るのに十分なものであるべきである。あらゆる利用可能なデータを考慮して二酸化窒素の短期暴露に対しての最小の安全係数は三ないし五であると提案することを決定し、また、公衆の健康保護がはかられる暴露限界は二酸化窒素について最大一時間暴露として一九〇ないし三二〇μg/m3(0.10ないし0.17ppm)の濃度であり、この一時間暴露は一月に一度をこえて出現してはならない。

二酸化窒素と共存する他の生物学的に活性のある大気汚染物質との相互作用に関する知見によれば、より大きな安全係数、つまり、より低い最大許容暴露レベルが必要となる。さらに、現時点においてでも、より高い感受性を有する人々の健康を守るためにはより大きな安全係数を必要とするであろう。

二酸化窒素の人への長期間暴露による生物医学的影響は、健康影響の評価にあたり、公衆の健康の保護という観点から、勧告するに足るほどには確かめられていない。したがって、長時間平均値に関する暴露限界は提案しない。

五大気環境政策関係文書のマネジメント性について。

被告らは、前示四の1〜3の環境影響評価についての報告文書を、我が国の環境行政に沿うものとしての、いわゆるマネジメント文書であるから、民事訴訟において証拠とすることは適当でないと主張する。

右文書の内容については、前示認定のとおりである。

橋本道夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、右各文書の作成及び公表には、被告がいう行政目的が含まれていたことが認められる。右文書が示す数値のみによって、硫黄酸化物、窒素酸化物等による大気汚染の人の健康に対する影響を認定することは、必ずしも当を得た結果にならないおそれはある。しかし、右についての判断に際して、他の証拠とともに、証拠の一つとすることについては何ら問題がない。本件における右因果関係の判断は、一つの証拠によるのではなく、様々の性格を有する証拠による総合判断であることは、後述のとおりである。

六まとめ

1 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであるこを必要とし、かつそれで足りる(最高裁判所昭和四八年(オ)第五一七号同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決民集二九巻九号一四一七頁)。

2 これを本件についてみると、次のとおりである。

前示説示したところによれば、水島地域は、もともと農業、漁業を主体とする寒村であり、人体の健康に影響を生ずる大気汚染物質が大量に排出される原因が存在すると考えられるような環境ではなかったこと、被告らは、操業によって、二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じんなどの大気汚染物質を排出する業態であることは周知であり、水島地域への立地、操業の前後から、右排出による公害の発生を危惧する声が少なからずあったこと、被告らが立地、操業して若干の時日が経過したころから、排煙による悪臭が付近住民を悩ませ、特に昭和四〇年代に入ったころから、水島地域の住民の間で、主として呼吸器に異常を訴える患者が増加し始めたこと、水島地域の住民は、被告らの排煙が原因であるとみて抗議をしたり、所轄官庁に対策を申し入れたりするようになり、住民の間では、大気汚染に被告らの排出する汚染物質がかかわっていることは当然のような認識が生まれていたこと、右の事態はしばしば報道され、その報道に対してその時点で特に疑問がもたれた形跡はないこと、その後、被告らの操業の継続、発展に伴って右患者は益々増加したこと、公的機関による調査の結果、測定方法、位置等によって一様ではないが、前示のとおり、大気汚染物質が被告らから排出されていることは明らかになったこと、その間種々の公害防止対策が講じられるようになったこと、昭和五〇年には、公健法の第一種指定地域に指定される程になったこと、承継前原告らを含む原告らは、公健法による本件疾病の認定患者であること、医学的には、二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じんによる大気汚染によって人に健康被害が生じうること自体は認められていること(一定の濃度に達した場合ということであるが、その濃度については定説はない。)、右結果は、人体負荷研究や動物実験からも認められていること、大量観察による統計的調査では、他地区、水島地域いずれにおいても、昭和三〇年代から四〇年代後半にかけて、持続性咳、痰の有症率と二酸化硫黄、二酸化窒素及び浮遊粉じんとの間に関連性を認めていること、水島地域においては、原告らを含む大量の居住者に前示の症状が発症したが、右大量に発症した時期と、被告らが操業を開始し、二酸化硫黄、二酸化窒素及び浮遊粉じんを盛んに排出していた時期が一致することが明らかであり、これらの事実と前期専門委員会報告の結論を総合すれば、昭和三〇年代から昭和四〇年代後半にかけての水島地域における慢性気管支炎、気管支喘息及び肺気腫の原因は同地域の高濃度の二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じんにあったと認めるのが相当である。

しかして、本件疾病が相当期間の暴露により発症することを考慮すると、昭和三〇年代から昭和四〇年代後半にかけて、水島地域に居住又は通勤し、高濃度の二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じんに暴露され、昭和五〇年代前半までに発症した者については、水島地域の高濃度の二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粉じんによって本件疾病に罹患したと推定するのが相当である。

被告らは、原告らがかかった疾病と被告らが排出した物質との因果関係は不明であると主張する。

確かに、本件は、医学のみによって因果関係を認めるのは無理がある。しかし、前示のとおり、大気汚染濃度と人の健康被害とのかかわりは、特に濃度と個体差については、いまだ医学的に十分に解明されているとはいえない。したがって、医学的に因果関係があると認められるのはどのような場合であるか、一般的には明らかでない。そうであれば、裁判所に提出された全証拠(医学は人の体にかかわる学問であるから、医学関係のものが主体になることは通常であろう。)を検討して因果関係の有無について判断をすることが許されるのは、公害事件に限らず、民事事件一般にいえることである。

第五責任原因

一共同不法行為について。

1 関連共同性

(一) 民法七一九条一項前段の共同不法行為

民法七一九条一項前段の共同不法行為が成立するためには、各行為者の行為について、客観的関連共同性があることが必要である。そして右不法行為の効果として、共同行為者各人は、右共同行為と相当因果関係のある全損害について損害賠償責任を負い、各人が、自己の行為と権利侵害ないし損害と因果関係がないか部分的にないことを主張立証して減責・免責の主張をすることはできない。

共同行為者にかかる重い責任を課している以上、関連共同性があると認めるためには、共同行為者が加害行為の一部に参加しただけでは足りず、これを超えた緊密な関係、すなわち、各行為者が、損害の発生に対して社会観念上全体として一個の行為として評価できる程度の一体性を有することが必要であり、行為者に共同の認識があれば、関連共同性はさらに強固になるというべきである。

右関連共同性については、地域性、各工場の立地、操業の経過、被告らの経済的、人的組織的な面における関係、汚染物質排出の態様、排出量、汚染への寄与度を全体としてみることによって判断するべきである。

(二)  〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告らの主張第五の一1(一)ないし(五)記載のとおりの事実が認められ、被告らには地域的一体性、立地、操業、拡大の一体性、経済的一体性、人的、組織的一体性、共同利用の一体性のあることが認められる。

被告らは、前示地理的状況下の水島臨海工業地帯に計画的に構成された、鉱業、石油化学、電力及び関連企業が集約するコンビナートに、その構成企業、工場等として次々に立地操業し、原料、製品の相互供給、相互の管理者的立場にある幹部職員の人事交流、コンビナート関連施設の利用等において、前示のとおり、極めて高度かつ密接な共同関係を有しつつ発展している。

被告らは、右コンビナートから排出する前示大気汚染物質及びそれによって生ずる被害との関係では、いわば一体の関係にあり、右の状況のもとで、操業の過程で、前示のとおり大気汚染物質を排出し、原告らは、右汚染物質によって、健康被害を被った。被告らは、右排出については互いに十分認識しあっていた筈であり、右加害行為について共同の認識があったというべきであるから、被告らの行為は、民法七一九条一項前段にいう関連共同性を有していたというべきである。

(三) 倉敷市には、被告らの外に、大気汚染物質を排出する企業が存在することは、前示のとおりである。原告らは、原告ら居住地等において原告らに到達した汚染物質による被害を被ったのであるから、被告らに対して不法行為の責を問うことができるのは、右被告ら以外の汚染源を除き、被告らが汚染した範囲に限られる。

右被告らが汚染した範囲(寄与割合)は、前示第二の五2で述べたとおり、八〇%と認めるのが相当である。

2 被告らの故意又は過失

(一) 〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、①明治二一年ころから、足尾銅山のばい煙による漁業、農業上の被害が問題となり、同三〇年政府の勧告により一〇〇万円を投じて予防工事がなされたこと、②明治二六年ころから、住友鉱業別子銅山精練所のばい煙(亜硫酸ガス等)により、呼吸器疾患の被害が発生したとされ、同四三年政府が斡旋し、賠償金が支払われたこと、③明治四五年ころ、日立鉱山から排出する亜硫酸ガスによって、付近の住民の健康被害が大量に発生し、鉱山側が高煙突を設置することで収拾したこと、④外国における亜硫酸ガスによる大気汚染事件として、昭和五年ころ、カナダ領のトレイルの鉛、亜鉛精練工場の排煙がアメリカ領に流れ、農業、森林被害がアメリカとカナダ間の国際紛争となったトレイル事件、ベルギーのミューズ溪谷の工場地帯の排煙による呼吸器病患者の大量発生が問題になったミューズ事件、昭和二三年ころ、アメリカのドラノの製鉄所、亜鉛工場の排煙による、住民の呼吸器障害の発生が問題になったドラノ事件、昭和二七年ころ、暖房用石炭の燃焼によって発生したスモッグによって、呼吸器障害が発生したロンドン事件が著名であること、⑤昭和二九年三月七日、厚生大臣は日本公衆衛生協会に対し「ばい煙ならびに各種化学物質による空気汚染の許容限度」について諮問し、同協会は、昭和三〇年一一月一九日、厚生大臣に対し、亜硫酸ガスの生活環境許容値として、0.1ppmを超えてはならないとの答申をしたこと、原告らは前示のとおり、計画的に建設されたコンビナートの構成企業、工場として水島地域に進出したこと、被告三石、同日鉱及び同中電が操業を開始した昭和三七年には、水島市街地がしばしば異様な臭気におおわれるようになったこと、岡山県は、昭和三八年一一月、倉敷市内で亜硫酸ガスとばい煙の常時測定を開始したこと、昭和三九年、福田町松江の藺草四〇㌶が先枯し、被害はみかんやぶとうにも及んだこと、昭和三八年から昭和四二年にかけて原告らの主張第五の一2(三)の(1)〜(3)記載の大気汚染に対する警告がなされたことが認められる。

(二)  右の経緯のもとで、被告らは、前示のとおり静穏な寒村地帯であった水島地域に、被告らの操業による大気汚染及びそれによる住民の健康被害の発生が容易に予知できる状況のもとで、前示の経緯で立地、操業し、その過程で、明らかに被告らが排出した大気汚染物質に起因すると疑うべき、いわゆる公害の発生をみた(新聞報道その他耳目を引くものがあった。)のであるから、被告らは、被告らの規模、資力、施設、人材、大気汚染の危険性に関する社会的認識等を考慮すると、遅くとも昭和三二年ころには亜硫酸ガスの生活環境濃度が0.1ppmを超えると硫黄酸化物による健康被害が問題になること、被告らによる汚染物質の排出条件、気象条件によっては被告らの工場、事業所の排煙が(訴外工場の排煙と複合した結果であったとしても)原告ら居住地に到達し、地区住民に健康被害を発生させうることを認識していたものと認められる。

そして、被告らは、その立地、操業の当初から、被告らの排出する大気汚染物質による前示住民の被害の発生については、一貫して認識していたものと認められる。それにもかかわらず、被告らは、水島地域に立地し、操業を開始・継続したものであるから、原告らの被った損害について、過失責任を負うべきである。

(三) なお、被告らは、後記のとおり、岡山県等の策定にかかる公害防止対策を実施したものであり、故意に排煙を継続し、原告らの被害の発生を容認していたとは認められない。

(四) 被告らの公害防止対策について。

(1) 〈書証番号略〉、本郷博史、橋本通夫の各証言及び弁論の全趣旨によれば、被告らの主張第五の一の2(一)のとおりの水島地域における大気保全政策がなされたこと、同(三)のとおり被告らの大気汚染防止対策が採られたことが認められる。

(2) 右実事によれば、被告らが立地、操業を開始するに際しては、大規模コンビナートを構成するために、従前の他地域における公害問題、それに対する知見などを踏まえ、国、岡山県、倉敷市及び被告らがいわば一体となって、住民の健康被害等水島地域におけるいわゆる公害防止のための対策の調査、研究をしたこと、コンビナート建設計画は、右研究、調査等に基づいて策定され、右コンビナート建設についての基本計画は、硫黄酸化物の排出量、煙突の本数、形態等に対する規制等において、岡山方式と呼ばれ、当時としては斬新なものであったこと、立地操業開始の後も、被告らは、法令、行政指導等に基づく大気汚染物質の排出規制の個別、総量双方の面からの規制に従う姿勢を示した(現実に全面的に達成されたか否かは、前示のとおり、排出量についての資料を被告らは提出しないので定かでない。)こと、昭和五〇年ころまでには、前総量規制に基づく対策をほぼ達成したことが認められる。被告らが右のとおり規制に努め、現実に法令、行政指導等に基づく規制値を達成し、その他公害防止のための努力をしたことは、被害の抑制に貢献したと認めるべきである。

しかし、大気汚染による人体に対する被害については、害があるということは判明しているが、どの程度汚染すれば人の健康にどの程度の被害が生ずるかについては、医学をはじめとして、学問的には未だ定かにはなっていないとみるべきであり、本件においては、前示のとおり、被告らの排出した汚染物質によって(他の排出源による汚染を加えたものではあっても)、原告らの健康被害が発生したと認められるのであるから、岡山方式の策定を含む公害対策は不十分であったというべきである。

したがって、前示のとおり、被告らにとって、結果発生の可能性を認識していた状況で被害を発生させ、被害の予防又は拡大阻止のために十分な措置をとらず、被害を発生させたことは、被告らの過失というべきである。

3 連帯責任

したがって、被告らは、原告らに対し、連帯して、右原告らが被った被害に対する損害賠償義務を負う。

二大気汚染防止法二五条一項による責任

被告らは、大気汚染防止法二五条一項の規定により、同法施行期日である昭和四七年一〇月一日以降の排出行為によって生じた損害について、過失の有無にかかわらず賠償する責任を負う。

第六損害

一損害賠償請求の方式について。

1 包括請求について。

原告らは、本件請求について、原告らが本件疾病に罹患したことによって被った、各損害発生時から本件口頭弁論終結時までの間の、財産的、社会的、経済的、精神的被害の全てを包括したもの(総体としての被害)を損害として、死亡者(起因死亡)につき四〇〇〇万円、公健法により認定された等級の内、一級三〇〇〇万円、二級二五〇〇万円、三級二〇〇〇万円の四類型に分けて一律に請求する。他方、被告らは、損害賠償請求訴訟における損害額については、被告の侵害行為の結果を具体的に金銭に評価算定して主張すべきであり、個々の損害、すなわち、治療費、逸失利益、慰謝料といった費目について個別的に算定すべきであると主張する。

確かに、右のような請求は、従来の個別損害費目積算方式に比し、その算定根拠が曖昧で、恣意的になる危険性はあるといえる。

しかしながら、本件疾病のごとく長期間継続し、その症状の経過も一様でない疾病において、個別損害費目積算定方式によりその損害を立証するのは、複雑かつ困難である。したがって、後記のとおり、原告らの請求を、全部請求であるとみたうえ、原告らの物心両面における損害を、個別に細分せず、精神的損害に対する慰謝料、休業損害、逸失利益等の財産上の損害など、種々の損害費目を要素とする、いわば包括した内容の慰謝料として構成し、それをある程度区分定額化して算出することは、法律上許されないほどに不合理なものではないというべきである。原告らの請求は、右のように解しうる限度で認められるべきである。

2 内金請求について。

原告らは、本件請求金額は、原告らが被告らの不法行為によって被った全損害から、公健法等に基づいて原告らが給付を受けた金額を除いた額の内金であると主張する。しかし、原告らは、全操害と称する金額を表示しないから、原告らの本件請求額は、これを民事訴訟上の内金請求であるとみることはできない。したがって本件における審判の対象は、原告らの損害賠償請求権全部の存否となるから、原告らの請求額は、判決による認容額の上限を画する主張にすぎず、後に別訴によって残額の請求をすることは許されないというべきである。

3 類型的一律請求について。

原告らの被った損害については、疾病の内容、程度など被害の内容が、被害者ごとに異なるものであり、被害者ごとの個別的事情を考慮して算定されるべきものである。しかし、原告らが、被った損害につき、その態様にしたがって類型化して、それに応じた損害額を算定して一律に請求することは、要するに個別的請求の集合が、結果的に、同額の者について一律になったとみることができるから、それ自体として、違法とはいえない。

二原告らの損害算定につき考慮すべき事情

原告らは、損害の範囲を、口頭弁論終結時(平成五年六月二三日)までに生じた損害(死亡者については死亡の時まで)であると主張する。

ところで原告らの本件疾病による症状は、ある時期に固定したと認定できない性質のものであり、口頭弁論終結後においても右症状は継続し、軽快や重篤等の変動が生じることは推認できる。しかしながら同時期以後の症状の推移や損害を把握することはできないから、右損害を損害額算定の対象となしえないことはいうまでもない。

しかして、原告らの損害は被害の内容が被害者ごとに異なることは前示のとおりであり、原告らの一律請求に拘束されるものではないから、罹患した疾病の種類、症状の程度・推移、入通院期間、年齢、職歴、症状の発症及び増悪に影響を及ぼした原因、他疾患の有無、死亡原因等各人ごとの個別事情を考慮して本件口頭弁論終結日(死亡者は死亡の日)までに生じた損害を算定することとする。

したがって遅延損害金の起算日についても口頭弁論終結の日(死亡者については死亡の日)とするのが相当である。

三損益相殺

原告らは、公健法の認定患者であって、その認定等級に応じ、公健法の定めるところにより各種の補償給付を受けたこと、公健法の趣旨及び内容は前示のとおりである。

原告らは、精神的損害に対する慰藉料のみならず、休業損害等の財産的損害に対する賠償を含めた包括的な慰藉料を請求しているところ、公健法による給付のうち、補償一時金(過去分補償)、障害補償費、児童補償手当、遺族補償費、遺族補償一時金は、本件における原告らの損害と同一の損害を填補するものとみるべきである。

しかして、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、右給付として添付(60)各原告ら合計欄記載の金員の支払いを受けたことが認められる。

したがって、原告らに生じた損害は、右の給付の限度において填補されたことになるから、原告らの損害額からこれを控除すべきである。

四弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起及び遂行を委任したことは訴訟上明らかであるところ、本件事案の内容等諸般の事情を考慮すると、認容額の約一割をもって、被告らの不法行為と相当因果関係にある弁護士費用と認めるのが相当である。

五原告らの個別損害額について。

総損害額は、各原告名下に記載してある金額、(一)〜(五)は算出根拠又は内訳である。

1 亡高橋三治

九八二万二四七二円

(一) 損害額 二四〇〇万円

(二) 控除額

一二八四万六九一〇円

(障害補償七三一万六五六〇、遺族補償五五三万三五〇)

(三) 残額 一一五万三〇九〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

八九二万二四七二円

(五) 弁護士費用 九〇万円

3 井上喜代子

四七五万四一六〇円

(一) 損害額 一一五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六〇九万四八〇〇円

(三) 残額

五四〇万五二〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

四三二万四一六〇円

(五) 弁護士費用 四三万円

5 伊藤ハツエ

五三七万二七九二円

(一) 損害額 一七五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一一四〇万九〇一〇円

(三) 残額 六〇九万〇九九〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

四八七万二七九二円

(五) 弁護士費用 五〇万円

6 岩知道弘夫 棄却

(一) 損害額 七〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

八五四万七九六〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

7 亡小野貞一

八五一万七〇七二円

(一) 損害額 三四五〇万円

(二) 控除額

二四八一万六一六〇円

(障害補償一九〇七万四一六〇、遺族補償一時金五七四万二〇〇〇)

(三) 残額

九六八万三八四〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

七七四万七〇七二円

(五) 弁護士費用 七七万円

10 景山寿美子

三七六万八八五六円

(一) 損害額 一〇五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六二一万三九三〇円

(三) 残額

四二八万六〇七〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三四二万八八五六円

(五) 弁護士費用 三四万円

11 笠原松子

三一四万四八八〇円

(一) 損害額 一五〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一一四一万八九〇〇円

(三) 残額

三五八万一一〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二八六万四八八〇円

(五) 弁護士費用 二八万円

13 兼信哲也 棄却

(一) 損害額 六〇〇万円

(二) 控除額(児童補償手当、障害補償)

六三七万〇六八〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

14 兼信美由紀

五四万八六四〇円

(一) 損害額 七〇〇万円

(二) 控除額(児童補償手当、障害補償)

六三七万六七〇〇円

(三) 残額

六二万三三〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

四九万八六四〇円

(五) 弁護士費用 五万円

15 金平石子

四一一万四一一二円

(一) 損害額 一四〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

九三一万九八六〇円

(三) 残額

四六八万〇一四〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三七四万四一一二円

(五) 弁護士費用 三七万円

17 亡木村多加志

一一三七万六四八〇円

(一) 損害額 三五〇〇万円

(二) 控除額

二二〇六万六九〇〇円

(障害補償七一四万一〇〇、遺族補償一四九二万六八〇〇)

(三) 残額

一二九三万三一〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一〇三四万六四八〇円

(五) 弁護士費用 一〇三万円

18 粂マサ子

三一四万〇一九二円

(一) 損害額 一四〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一〇四二万四七六〇円

(三) 残額

三五七万五二四〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二八六万〇一九二円

(五) 弁護士費用 二八万円

19 亡見持文志

四一八万四四四八円

(一) 損害額

一八五〇万円

(二) 控除額

一三七四万四四四〇円

(障害補償六七六万五〇九〇、遺族補償六九七万九三五〇)

(三) 残額

四七五万五五六〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三八〇万四四四八円

(五) 弁護士費用 三八万円

20 合木茂二

一四〇万九三二〇円

(一) 損害額 一八〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一六四〇万〇八五〇円

(三) 残額

一五九万九一五〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一二七万九三二〇円

(五) 弁護士費用 一三万円

21 近藤昇 棄却

(一) 損害額 一五〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

二一三〇万〇七二〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

22 亡近藤みさ子

二四二九万九〇四〇円

(一) 損害額 四三〇〇万円

(二) 控除額

一五三七万六二〇〇円

(障害補償一一五四万九四〇〇、遺族補償一時金三八二万六八〇〇)

(三) 残額

二七六二万三八〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二二〇九万九〇四〇円

(五) 弁護士費用 二二〇万円

23 斎藤光正 棄却

(一) 損害額 六〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一〇六六万二八一〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

24 篠原サキエ

一一八三万五九九二円

(一) 損害額 三〇〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一六五四万二五一〇円

(三) 残額

一三四五万七四九〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一〇七六万五九九二円

(五) 弁護士費用 一〇七万円

25 亡嶋田知恵子 棄却

(一) 損害額 一〇〇〇万円

(二) 控除額

一〇一三万七三二〇円

(障害補償六五七万三三二〇、遺族補償一時金三五六万四〇〇〇)

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

26 菅生豊子

三六九万七〇八〇円

(一) 損害額

二五〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

二〇八〇万三六五〇円

(三) 残額 四一九万六三五〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三三五万七〇八〇円

(五) 弁護士費用 三四万円

27 瀧本利夫

一〇二四万三〇四〇円

(一) 損害額 五二〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

四〇三五万八七〇〇円

(三) 残額

一一六四万一三〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

九三一万三〇四〇円

(五) 弁護士費用 九三万円

28 田中ハツエ

六七万五八九六円

(一) 損害額 七〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六二三万〇一三〇円

(三) 残額

七六万九八七〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

六一万五八九六円

(五) 弁護士費用 六万円

29 椿山博之

八八万四三五二円

(一) 損害額 七〇〇万円

(二) 控除額(児童補償手当、障害補償)

五九九万四五六〇円

(三) 残額

一〇〇万五四四〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

八〇万四三五二円

(五) 弁護士費用 八万円

30 亡寺見豊子

八二七万八五四四円

(一) 損害額 二七五〇万円

(二) 控除額

一八〇八万九三二〇円

(障害補償一五〇一万七三二〇、遺族補償三〇七万二〇〇〇)

(三) 残額

九四一万〇六八〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

七五二万八五四四円

(五) 弁護士費用 七五万円

31 土居輝子

三九八万一三一二円

(一) 損害額 一四五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

九九七万三三六〇円

(三) 残額

四五二万六六四〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三六二万一三一二円

(五) 弁護士費用 三六万円

32 徳徳員 棄却

(一) 損害額 二〇〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

二三一二万八〇〇〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

33 長尾勇男

二二〇万九八八八円

(一) 損害額 二六〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

二三四八万七六四〇円

(三) 残額 二五一万二三六〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二〇〇万九八八八円

(五) 弁護士費用 二〇万円

34 中川真一 棄却

(一) 損害額 一〇〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一四一二万四三六〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

35 中西つる

四六八万〇一六〇円

(一) 損害額 一六五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一一一八万七三〇〇円

(三) 残額 五三一万二七〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

四二五万〇一六〇円

(五) 弁護士費用 四三万円

36 成田智枝 棄却

(一) 損害額 九〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一一三六万三一九〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

37 亡難波粂夫

七六九万九九六八円

(一) 損害額

二六〇〇万円

(二) 控除額

一七二五万〇〇四〇円

(障害補償一〇九六万七〇四〇、遺族補償六二八万三〇〇〇)

(三) 残額

八七四万九九六〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

六九九万九九六八円

(五) 弁護士費用 七〇万円

38 西原千惠子

七二五万九〇四八円

(一) 損害額 一七〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

八七五万一一九〇円

(三) 残額

八二四万八八一〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

六五九万九〇四八円

(五) 弁護士費用 六六万円

39 西村與惣 棄却

(一) 損害額 一三〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一三五六万一二〇〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

40 橋本岩乃

二二一万一〇四〇円

(一) 損害額 一三〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一〇四八万六二〇〇円

(三) 残額

二五一万三八〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二〇一万一〇四〇円

(五) 弁護士費用 二〇万円

41 長谷川綾子

一六四万九二六四円

(一) 損害額 一二〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一〇一二万五九二〇円

(三) 残額

一八七万四〇八〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一四九万九二六四円

(五) 弁護士費用 一五万円

42 長谷川熊吉 棄却

(一) 損害額 六〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

八六〇万六七〇〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

43 蜂谷紀子

五九七万一一六〇円

(一) 損害額 一九〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一二二一万一〇五〇円

(三) 残額 六七八万八九五〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

五四三万一一六〇円

(五) 弁護士費用 五四万円

44 堀野アキ子

四〇八万三七二八円

(一) 損害額 一一〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六三五万七八四〇円

(三) 残額 四六四万二一六〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三七一万三七二八円

(五) 弁護士費用 三七万円

45 松下菊子

二四五万五二〇八円

(一) 損害額 九五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六七〇万五九九〇円

(三) 残額

二七九万四〇一〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二二三万五二〇八円

(五) 弁護士費用 二二万円

46 三浦房子

二七二万六八八〇円

(一) 損害額 一〇〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六九〇万三九〇〇円

(三) 残額 三〇九万六一〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

二四七万六八八〇円

(五) 弁護士費用 二五万円

47 三木久男

一五四万三七六八円

(一) 損害額 一六〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一四二四万五二九〇円

(三) 残額

一七五万四七一〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一四〇万三七六八円

(五) 弁護士費用 一四万円

48 三宅榧夫

六三万〇〇三二円

(一) 損害額 一三〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一二二八万七四六〇円

(三) 残額

七一万二五四〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

五七万〇〇三二円

(五) 弁護士費用 六万円

49 亡三宅多久美

三八九万〇七六〇円

(一) 損害額 一七〇〇万円

(二) 控除額

一二五七万四〇五〇円

(障害補償六五二万九六五〇、遺族補償一時金六〇四万四四〇〇)

(三) 残額

四四二万五九五〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三五四万〇七六〇円

(五) 弁護士費用 三五万円

50 三宅樂三

一七万八五六〇円

(一) 損害額 一五五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一五三〇万一八〇〇円

(三) 残額 一九万八二〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一五万八五六〇円

(五) 弁護士費用 二万円

51 宮崎靖子

四〇五万〇八九六円

(一) 損害額 一一〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六三九万八八八〇円

(三) 残額

四六〇万一一二〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三六八万〇八九六円

(五) 弁護士費用 三七万円

52 物部美佐子

一三二万〇〇二四円

(一) 損害額 一二〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一〇四九万九九七〇円

(三) 残額

一五〇万〇〇三〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一二〇万〇〇二四円

(五) 弁護士費用 一二万円

53 森永晢夫

三四九万九七六〇円

(一) 損害額 二二〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一八〇二万五三〇〇円

(三) 残額 三九七万四七〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三一七万九七六〇円

(五) 弁護士費用 三二万円

54 山本真知子

一一一万九九六八円

(一) 損害額 五〇〇万円

(二) 控除額(児童補償手当、障害補償)

三七二万五〇四〇円

(三) 残額

一二七万四九六〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一〇一万九九六八円

(五) 弁護士費用 一〇万円

55 横内はたの

三九二万一〇二四円

(一) 損害額 九〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

四五四万八七二〇円

(三) 残額

四四五万一二八〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三五六万一〇二四円

(五) 弁護士費用 三六万円

58 太田小夜子

一四〇万九〇四〇円

(一) 損害額

八五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

六九〇万一二〇〇円

(三) 残額

一五九万八八〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

一二七万九〇四〇円

(五) 弁護士費用 一三万円

59 田中美栄子

三三六万五〇四〇円

(一) 損害額 一五五〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一一六六万八七〇〇円

(三) 残額

三八三万一三〇〇円

(四) 被告らの負担分(八〇%)

三〇六万五〇四〇円

(五) 弁護士費用 三〇万円

50 藤原一郎 棄却

(一) 損害額 一三〇〇万円

(二) 控除額(障害補償)

一四三七万九七二〇円

(三) 残額 〇

(四) 被告らの負担分(八〇%)

61 亡河野嘉子

後述のとおり、消滅時効が完成しているから、請求の内容について判断するまでもない。

六消滅時効

不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が「損害及び加害者を知りたる時より三年間之を行わざるとき」は、時効によって消滅する。右「加害者を知りたる時」とは、加害者に対して賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味する(最高裁判所昭和四五年(オ)第六二八号、同四八年一一月一六日第二小法廷判決民集二七巻一〇号一三七四頁)。

大気汚染防止法も、右同旨の規定(同法二五条の四)をおいている。

原告らは、昭和五八年一一月九日に本件訴訟を提起した。その後、原告高橋ミテ(亡高橋三治、昭和六二年五月九日死亡)、同小野悦夫(亡小野貞一、平成二年三月一七日死亡)、同木村孝子(亡木村多加志、昭和六〇年二月一一日死亡)、同見持操(亡見持文志、昭和六〇年八月二六日死亡)、同近藤昇(亡近藤みさ子、昭和六二年九月一八日死亡)、同篠原サキエ(昭和六一年一二月一級認定)、同黒崎美智子(亡嶋田知恵子、平成三年八月二日死亡)、同椿山博之(昭和五〇年一二月二級認定)、同寺見豊子(平成三年一月五日死亡)、同難波嘉代子(亡難波粂夫、平成元年一一月一四日死亡)、同西原千恵子(昭和六〇年一一月二級認定)、同橋本岩乃(昭和五二年一二月二級認定)、同長谷川綾子(昭和五六年一二月二級認定)、同三木久男(昭和五五年一月二級認定)、同三宅カノエ(亡三宅多久美、平成三年四月一七日死亡)、同三宅樂三(昭和五〇年一二月二級認定)は、平成五年二月二四日、原告森永晳夫(平成四年二月一級認定)は、同年五月三一日、請求の拡張をした。その理由は、右かっこ内に記載のとおりである。

本件における原告らの損害は、被告らの汚染物質の継続的排出によって生じた原告らの継続的健康被害である。被告らの加害行為及び原告らの被害は、生存している原告らについては現在継続し、死亡した原告らについては死亡時まで継続した。したがって、被告らの加害行為は被害者ごとに連続した一個の不法行為に該当し、原告らの健康被害に基づく右損害は、包括して一個の損害とみることができるから、その間消滅時効は進行しないとみるべきである。

被告らは、公健法認定時から消滅時効は進行する旨主張するが、前示の事実関係のもとにおいては、本件訴え提起の時点までは、原告らは、被告らに対し、本件損害賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ったとはいえない。

なお、原告河野秀雄(亡河野嘉子)については、亡嘉子は、昭和五四年六月七日に死亡しており、同原告の本件損害賠償請求権は、右死亡から三年間経過した後である本件訴え提起の時点においては、すでに時効により消滅したというべきである。

また、本件訴え提起後に死亡した高橋三治、木村多加志、見持文志、近藤みさ子、難波粂夫の相続人である各原告ら及び寺見豊子の請求については、死亡の翌日から消滅時効は進行するから、請求拡張時において拡張部分の請求に対する消滅時効は完成していると認められるが、認容額がいずれも請求拡張前の金額の範囲内であるから、右原告らの損害賠償請求権は時効により消滅しないというべきである。

第七差止請求

訴訟上の請求は、審判の対象として、被告らの防御の対象及び既判力を明確にする作用を有し、判決は、強制執行による給付の実現を予定しているから、一義的に特定される必要がある。

被告らが、原告らの居住地において、一定の数値を超える汚染状態を生じさせる物質を排出してはならないという本件差止請求は、結局のところ、被告らの行為により、大気汚染物質の濃度を一定の数値以下の状態におくという作為を求めるのに外ならないところ、原告らが求める右結果を実現させるための具体的な手段として、多数の方法が考えられる。しかし、本件請求の趣旨は、被告らが右結果を実現するための具体的な方法を明確にしていない。したがって、右請求は、被告らの履行すべき義務を特定しているとはいえない。

よって本件差止請求は、不適法であるから、却下すべきである。

第八結論

一1 別紙認容債権一覧表記載の原告らの請求は、主文の限度で理由があるから右限度で認容し、その余は理由がないから棄却する。

2 別紙請求棄却原告目録記載の原告らの請求は理由がないから棄却する。

二原告らの差止請求は不適法であるから却下する。

三訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九二条及び九三条を適用する。

四仮執行宣言の申立てについては、民訴法一九六条一項を適用する。

なお、仮執行免脱宣言については、これを付さないこととする。

(裁判長裁判官將積良子 裁判官池田亮一 裁判官遠藤邦彦)

別紙添付

(3)昭和39、40年当時における被告らの燃料使用による硫黄酸化物排出状況〈省略〉

(4)被告らによる硫黄酸化物排出状況〈省略〉

(5)倉敷市における燃料使用量及び排出硫黄酸化物量の推移(昭和42〜47年)〈省略〉

(6)岡山県及び倉敷市下硫黄酸化物排出量〈省略〉

(7)倉敷市下地区別SOx排出量(占有比)〈省略〉

(8)業種別発生源状況(46年7月実績値調査による)〈省略〉

(9)公害防止協定締結企業一覧表〈省略〉

(10)企業別許容排出割当(Q)〈省略〉

(11)いおう酸化物 二、二〇〇Nm3/H 企業割当一覧表〈省略〉

(12)水島地区企業業種別燃料使用状況〈省略〉

(13)〈省略〉

(14)倉敷市及び岡山県下のSO2排出量(産業別)〈省略〉

(16)倉敷市地域別NOx排出量〈省略〉

(17)水島地区業種別NOx排出量(昭和48年度)〈省略〉

(18)倉敷市及び岡山県下窒素酸化物(NOx)排出量〈省略〉

(19)倉敷市及び岡山県下NO2排出量〈省略〉

(21)自動車からのNOx排出量〈省略〉

(22)倉敷市における自動連続測定による大気環境測定局〈省略〉

(23)二酸化鉛法によるイオウ酸化物濃度の月別推移〈省略〉

(24)水島地区における二酸化硫黄年平均値の推移〈省略〉

(25)SO2一時間値年間最高値の経年変化〈省略〉

(26)一時間値日平均値40ppb超過日数の経年変化〈省略〉

(27)SO2一時間値100ppb超過時間数の経年変化〈省略〉

(28)NO2一時間値の日平均値が20ppbを超える日数の経年変化〈省略〉

(29)NO2一時間値年平均値の経年変化〈省略〉

(30)NO2一時間値年間最高値の経年変化〈省略〉

(31)浮遊粉塵・粒子状物質一時間値の日平均値が一〇〇μg/m3を超えた日数の経年変化〈省略〉

(32)浮遊粉塵・粒子状物質一時間値年平均値〈省略〉

(33)浮遊粒塵・粒子状物質一時間値年間最高値の経年変化〈省略〉

(34)本件地域及び近隣主要都市における二酸化硫黄年平均値の推移〈省略〉

(35)公健法指定地域における二酸化硫黄年平均値の推移〈省略〉

(36)本件地域及び近隣主要都市における二酸化窒素年平均値の推移〈省略〉

(37)公健法指定地域における二酸化窒素年平均値の推移〈省略〉

(38)本件地域及び近隣主要都市における浮遊ふんじん年平均値の推移〈省略〉

(39)公健法指定地域における浮遊ふんじん年平均値の推移〈省略〉

(40)水島地域及び四日市市等におけるSO20.1ppm超過時間数割合の推移〈省略〉

(41)被告ら到達濃度の全重合計算濃度に占める割合(SO2)〈省略〉

(42)被告ら到達濃度の全重合計算濃度に占める割合(NO2)〈省略〉

(43)被告ら到達濃度の全重合計算濃度に占める割合(NOx)〈省略〉

(44)寄与割合〈省略〉

(45)SOx排出量とSO2年平均値との関係〈省略〉

(46)固定発生源のNOx排出量〈省略〉

(47)移動発生源のNOx排出量(自動車・船舶)〈省略〉

(48)自動車(合計)12時間交通量の推移〈省略〉

(49)煙突実高別煙突本数―倉敷市―〈省略〉

(50)倉敷市調査の対象小中学校の位置および風向きとSO2濃度との相関〈省略〉

(51)肺気腫の診断基準(肺気腫研究会による)〈省略〉

(52)障害補償費の額の区分〈省略〉

(53)障害補償費に係る障害の程度の基準〈省略〉

(54)認定申請及び障害補償費等請求手続一覧表〈省略〉

(55)〈省略〉

(56)主治医診断報告書の症状及び管理区分〈省略〉

(57)SO2年平均値と認定患者数の推移〈省略〉

(58)材料製品供給関係図〈省略〉

(59)公健法給付額推定総括表〈省略〉

(60)障害補償費・遺族補償費〈省略〉

(2)

被告らの硫黄酸化物排出量推移

倉敷市下

SO2量(トン/年)

被告らによる

SO2量(トン/年)

備考

昭和39

27,401

昭和40

32,434

昭和41

33,054

昭和42

68,478

58,206

昭和43

84,680

71,978

昭和44

107,506

91,380

昭和45

111,254

94,566

昭和46

143,468

121,948

昭和47

118,830

101,005

昭和48

103,160

87,686

昭和49

76,288

64,845

昭和50

57,592

49,225

昭和51

40,092

34,077

昭和52

29,671

26,718

25,220

昭和53

28,417

24,154

昭和54

26,162

22,238

昭和55

21,169

17,994

昭和56

18,479

15,707

昭和57

19,755

16,962

昭和58

14,509

12,333

昭和59

13,720

11,662

昭和60

9,849

8,372

昭和61

9,462

8,043

昭和62

9,935

8,445

昭和63

10,510

8,934

平成元

11,122

9,454

(15)被告ら8社NOx排出量の推移   (単位トン/年)

年度

倉敷市

被告ら8社

昭和47

約60,000

約50,000

昭和48

約60,000

約50,000

昭和52

36,488

31,015

昭和53

36,147

30,725

昭和54

35,578

31,176

昭和55

32,735

27,825

昭和56

29,413

25,001

昭和57

27,483

23,361

昭和58

26,326

22,377

昭和59

27,569

23,434

昭和60

27,199

23,119

昭和61

25,709

21,853

昭和62

27,620

23,477

昭和63

26,807

22,786

平成元

28,034

23,829

(20)窒素酸化物企業別割合  (60年度)

企業名

排出量(Nm3/H)

川崎製鉄水島共同火力

1,000.65

中国電力

474.87

三菱化成

278.55

岡山化成

222.77

旭化成

175.00

三菱石油

168.60

日本工業

149.60

(被告ら小計)

2,470.04

東京製鉄

56.20

三菱瓦斯化学

46.30

ペトロコークス

25.90

クラレ玉島

22.84

ニッコー製油

10.30

その他

43.50

リザーブ

224.59

合計

2,899.67

被告ら占有比

85.1%

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